BtoB新規事業の営業プロセス:商談の段階設計と案件管理
BtoB新規事業の営業プロセスは、商談をいくつかの段階に分け、各段階で「次の段階に進んだと言える条件」を買い手側の行動で定義し、すべての案件をその物差しで管理することで形になります。担当者の感覚ではなく共通の定義で案件を見られるようになると、売上の見通しが立ち、どこを改善すべきかも分かるようになります。
最初の顧客を創業者や立ち上げメンバーが手探りで獲得する段階は最初の10社の顧客をどう取るかで扱いました。この記事は、その経験を「誰がやっても同じように進められる手順」に落とし込む段階を対象にします。
なぜ新規事業に営業プロセスが必要か
新規事業では、営業担当者がそれぞれのやり方で商談を進めがちです。その結果、次のような問題が起きます。
- 「見込みあり」の案件がいつまでも契約にならず、売上の見通しが外れる
- 失注の理由が記録されず、同じ理由で失注し続ける
- 担当者が抜けると、その人の案件と知見がまとめて失われる
- 製品の改善に必要な顧客の声が、開発チームに届かない
営業プロセスは、営業を管理するためだけでなく、新規事業としての学びを組織に残すための仕組みでもあります。
商談を段階に分ける
段階の例
段階の分け方に決まりはありませんが、次のような区切りがよく使われます。事業に合わせて増減させてください。
| 段階 | 次に進む条件(買い手側の行動で定義) |
|---|---|
| 1. 見込み客 | 対象顧客の条件に合い、接点ができた |
| 2. 課題確認 | 面談で課題の存在と、その深刻さを相手が認めた |
| 3. 要件確認 | 導入を検討する目的、判断する人、判断の時期、予算の目安が分かった |
| 4. 提案・評価 | 提案や試用に対して、相手が評価の手順(誰が何を確認するか)に合意した |
| 5. 条件交渉 | 相手が導入の意向を示し、価格や契約条件の調整に入った |
| 6. 受注/失注 | 契約が締結された、または見送りが決まった |
条件は「売り手が何をしたか」ではなく「買い手が何をしたか」で書く
「提案書を送った」「デモをした」は売り手側の行動で、相手の検討が進んだことを意味しません。「相手が評価の担当者を決めた」「相手が社内の検討会議の日程を教えてくれた」など、買い手側の行動や約束で条件を書くと、案件の実態と段階がずれにくくなります。
段階ごとに滞留期間の上限を決める
同じ段階に長くとどまっている案件は、実際には止まっている可能性が高いです。段階ごとに目安の期間を決め、超えた案件は担当者と一緒に見直します。進める手立てがなければ、いったん「保留」や「失注」として区切るほうが、見通しの精度が上がります。
買い手の意思決定を理解する
BtoBの購買は、1人の担当者が決めるものではありません。新規事業の製品は前例がないため、買い手の社内でも判断の手順が決まっていないことがあります。要件確認の段階で、少なくとも次の点を確かめます。
- 課題を抱えている部署と、導入を推進する担当者
- 予算を持っている部署と、決裁する人
- 評価や承認に関わる部署(情報システム、法務、購買、セキュリティなど)
- 社内の承認手続きと、それにかかる期間
- 比較されている他の製品や、「何もしない」という選択肢
特に新しい種類の製品では、情報システム部門のセキュリティ確認や、法務部門の契約審査に時間がかかることが多くあります。これらの確認に必要な資料(セキュリティに関する質問への回答、利用規約、個人情報の取扱い)を早めに用意しておくと、商談の後半で止まりにくくなります。
相手の社内承認を支援する
新規事業の製品を導入するには、推進担当者が自社の上司や決裁者を説得する必要があります。売り手ができることは、その説得材料をそろえることです。
- 導入の目的と期待する効果を、相手の言葉で整理した1枚の資料
- 費用と効果の比較(相手の数字を使って一緒に作る)
- 段階的な導入計画(小さく始めて広げる案)
- 想定されるリスクとその対策
実績の少ない新規事業では、「失敗したときにどうなるか」を決裁者が気にします。試験導入の範囲や、途中でやめる場合の条件を示すことが、決裁を後押しすることがあります。
役割を分けるかどうか
案件数が増えてくると、営業活動を役割で分けることを検討します。よく使われる分け方は次のとおりです。
- 見込み客を集める役割:ウェブサイト、展示会、コンテンツ、紹介などから問い合わせを集める
- 初期の接点を作る役割:電話やメール、オンライン面談で課題を確認し、商談の候補を絞る
- 商談を進める役割:提案、評価、条件交渉を行い、契約を結ぶ
- 導入後を支える役割:利用開始と定着を支援し、継続や追加契約につなげる
役割を分けると、それぞれの専門性が高まり、多くの案件を扱えるようになります。一方で、役割の間の引き継ぎで情報が抜け落ちやすくなります。「どの状態になったら次の役割に引き継ぐか」と「引き継ぐときに必ず渡す情報」を決めておきます。少人数のうちは無理に分けず、1人が一貫して担当するほうが、顧客の理解が深まることも多くあります。導入後を支える役割についてはカスタマーサクセスの始め方で扱います。
案件を管理する
記録する項目
案件ごとに、最低限次の項目を記録します。表計算ソフトでも、顧客管理(CRM)ツールでも構いません。
- 会社名、担当者、決裁者
- 現在の段階と、その段階に入った日
- 想定する契約金額と、契約の見込み時期
- 次にやることと、その期日
- 比較されている製品
- 失注した場合はその理由
「次にやること」が空欄の案件は、実質的に止まっています。定期的に見直す会議で、空欄の案件をなくすことから始めます。
売上の見通しを立てる
段階ごとの案件数と、過去に各段階から受注に至った割合を掛け合わせると、今後の売上の見通しを立てられます。新規事業の初期は過去の実績が少ないため、割合は大きく振れます。見通しは幅を持って示し、実績が増えるにつれて精度を上げていきます。
失注から学ぶ
新規事業の営業では、受注よりも失注から学べることのほうが多いこともあります。失注した案件は、理由を次のように分類して記録します。
- 課題が弱かった(そもそも対象顧客ではなかった)
- 製品の機能が足りなかった
- 価格が合わなかった
- 導入の手間や社内手続きの負担が大きかった
- 他社製品に負けた
- 時期が合わなかった(予算や体制の都合)
可能であれば、失注した相手に理由を直接聞きます。担当者の推測と、相手が語る理由は食い違うことがよくあります。分類した理由は定期的に集計し、製品開発、価格、営業資料、狙う顧客の条件の見直しにつなげます。「価格」の理由が多くても、実際には価値が伝わっていないことが原因の場合もあるため、値下げの判断は慎重に行います。
営業メールを送るときの法令上の注意
見込み客に広告や宣伝の目的でメールを送る場合は、特定電子メール法に注意します。総務省・消費者庁のパンフレットでは、広告宣伝メールは原則としてあらかじめ同意した相手にのみ送信できるとされています(オプトイン方式)。例外として、名刺などの書面で自分のメールアドレスを通知した相手、取引関係にある相手、インターネットで自分のメールアドレスを公表している団体や営業を営む個人(広告宣伝メールを送らないよう求める旨が公表されている場合を除く)が挙げられています。
また、送信者の氏名または名称、受信を拒否できる旨とその連絡先、送信者の住所、苦情や問い合わせの連絡先などの表示が必要です。同意を得て送る場合は、同意を得たことの記録を保存する必要があります。
個人情報保護委員会のQ&Aでは、名刺交換で取得した連絡先に広告宣伝のメールを送ることについて、所属を明らかにして名刺交換をした場合は、取得の状況からみて利用目的が明らかと認められるとしつつ、特定電子メール法などほかの法令も守る必要があるとしています。
大企業の新規事業での注意点
- 既存事業の営業ルールとの調整:既存事業の顧客に新規事業の製品を提案する場合、既存の担当営業との事前調整が必要になることが多くあります。誰が窓口になるか、既存取引への影響をどう扱うかを決めておきます。
- 与信・契約手続きの流用に注意:既存事業向けの与信審査や契約書のひな形は、新規事業の小口・短期の取引には重すぎることがあります。新規事業向けの簡易な手続きを法務・経理部門と相談して用意すると、商談の最後で止まる案件が減ります。
- 案件情報の共有範囲:新規事業の案件情報を全社の顧客管理システムに載せるかどうかは、情報管理と部門間の調整の両面から検討します。
起業家・スタートアップでの注意点
- 創業者の頭の中を書き出す:初期の受注は創業者の個人的な信頼に支えられていることが多く、そのままでは再現できません。商談でどんな質問をし、どんな反論にどう答えたかを書き出し、最初の営業担当者に渡せる形にします。
- 大企業との商談は時間がかかる前提で:大企業との商談は、承認手続きが多く長期化しがちです。資金の残り期間と照らし合わせ、大企業の案件と、早く決まる中小企業の案件のバランスを取ります。
- 契約条件で無理をしない:大口の案件を取りたいあまり、過大な保証や個別開発を約束すると、後で事業全体の負担になります。受けられる条件と受けられない条件をあらかじめ決めておきます。
まとめ
- 商談を段階に分け、「次に進む条件」を買い手側の行動で定義する
- 要件確認の段階で、決裁者、承認手続き、比較対象を確かめる
- 相手の社内承認に必要な材料を、売り手側からそろえる
- 案件ごとに「次にやること」を記録し、止まっている案件を見直す
- 失注理由を分類して集計し、製品・価格・狙う顧客の見直しにつなげる
- 広告宣伝メールは特定電子メール法の同意と表示のルールを守る
制度は改定されます。メール配信の運用を決める前に、公式情報と弁護士などの専門家に確認してください。
参考資料
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