カーブアウト・スピンオフで新規事業を独立させる
社内の事業方針や組織の仕組みでは育てにくい新規事業は、別会社として切り出すことで、外部の資金や人材を取り込み、速く成長させられる可能性があります。ただし、親会社が多くの株式を持ち続けたり、知財の条件を厳しくしたり、社内の人事制度を持ち込んだりすると、切り出した会社はスタートアップとして資金を集められなくなります。経済産業省のガイダンスは、切り出した会社がベンチャーキャピタルなどから資金を調達できる状態(Venture Financeable)で出発することを重視しています。
この記事では、大企業の新規事業部門の担当者が、事業の切り出しを検討するときに押さえる論点を整理します。社内に残したまま外部と組む方法はスタートアップとの協業・事業提携の進め方で扱っています。
カーブアウトとスピンオフの違い
似た言葉ですが、経済産業省の資料では次のように使い分けられています。
| 起業家主導型カーブアウト | スピンオフ(税制上の適格スピンオフ) | |
|---|---|---|
| 対象 | 自社組織の限界により事業化できない技術・事業 | 既存の事業部門や完全子会社 |
| 切り出し方 | 社員などの起業家が新会社を設立し、親会社から知財などの提供を受ける | 分割型分割や株式分配で、新会社の株式を親会社の株主に交付する |
| 主な資料 | 起業家主導型カーブアウト実践のガイダンス(2024年4月)と2026年4月公表のガイドブック | 「スピンオフ」の活用に関する手引(制度編、2026年5月改訂) |
ガイダンスでは、一般的な「カーブアウト」は親会社が子会社や事業の一部を切り出して独立させる行為を指すとしたうえで、自社組織の限界で事業化できない技術を事業化するために別法人(スタートアップ)を作ることを「スタートアップ創出型カーブアウト」とし、その中でも起業家が主導するものを「起業家主導型カーブアウト」と呼んでいます。新規事業部門が主に関わるのは、こちらの形です。
なぜ切り出すのか
ガイダンスは、事業会社の中で事業化されない技術の多くがそのまま消滅していることを示し、スタートアップ創出型カーブアウトを、研究開発の成果を死蔵させずに社会に届ける手法として位置づけています。
事業会社にとっての意味は、社内の仕組み(組織の運営方法、組織としての能力、資金力、スピード感)では育てられない技術を、別の会社として外部の資金や人材を使って育てられることです。親会社は、株式や新株予約権を通じて、成功したときのリターンを得ることができます。
2026年4月に経済産業省が公表したガイドブックの案内では、経営層やミドルマネージャーがカーブアウトの意義には理解を示しても、個別案件では「知財の適切な移転条件」「スタートアップの成長を促す株式持ち分割合」「社内起業家の退職(独立)」で合意できずに議論が止まる事例や、推進する社員が知財部・人事部・法務部など多くの部門との調整に疲弊して断念する事例が多いことが、背景として挙げられています。以下では、この三つの論点を中心に見ていきます。
論点1:資本構成(Venture Financeable であること)
ガイダンスは、Venture Financeable であるための要件として次の3つを挙げています。
- 経営者が時間的リスクを取っていること:経営者が事業にフルコミットしていること。親会社が引き続き労務提供を求め、その対価として給与を払っている状態は望ましくないとされています。
- 第三者からの資金調達が可能な資本構成や出資条件であること:創業段階で、特段の考慮なく親会社が多額の出資(例として持ち分比率で20%以上)をする、重要な意思決定への拒否権などの特別な権利を付ける、強すぎる競業避止義務を課すといったことは、望ましくないとされています。
- イグジットを見据えた資本政策が構築されていること:後から出資するベンチャーキャピタルなどを意識しない多額の出資や厳しい条件は、望ましくないとされています。
そのうえで、親会社が設立後に出資する場合は過度な経営支配が起こらない範囲とし、少なくともシリーズAまでに創業者の持ち分比率が70%を下回らないよう資本構成を守ること、出資条件に経営に関与できる条項や過度に厳しい競業避止義務を入れないことが示されています。
親会社の立場では、「自社の技術を使うのだから多く持ちたい」と考えがちです。しかし、その結果として後続の資金調達ができなければ、親会社の持ち分の価値も上がりません。資本政策の基本は資本政策の基本も参照してください。
論点2:知財の提供条件
ガイダンスは、知財の提供で決めることとして、提供の方法(譲渡か排他的ライセンスか)、対価(現金かエクイティか)、条件の3点を挙げています。
提供方法の例としては、創業段階で新株予約権を対価に知財を譲渡する、創業段階で排他的ライセンスとし将来の売上の一定割合をライセンス料とする、最初は排他的ライセンスとし事業化の見込みが高まった段階で譲渡する、といった形が示されています。
一方で、次のような条件は、スタートアップの成長を妨げ、カーブアウトが失敗する原因になるとされています。
- 自社で事業化できないにもかかわらず、非独占的なライセンスにする
- 排他的ライセンスでも、キャッシュフローを圧迫するほどのライセンス料を求める
- 創業時の譲渡で、研究開発費に見合う額を基準にするなど、高額な現金対価や多くのエクイティを求める
- 親会社の主な事業に関係しない領域まで、過度な競業避止義務を課す
ガイダンスは、親会社がライセンス収入を多く得ようとするのではなく、スタートアップとしての成功率を高める観点で知財を提供することが、結果として親会社のリターンにもつながるとしています。
論点3:人材と人事制度
起業家主導型カーブアウトでは、推進した社員が退職して新会社の経営にあたることが前提とされています。ガイダンスは、人事面について次のような考え方を示しています。
- スタートアップが成功したときに、参画した元社員がエクイティから得るリターンを制限する条件を付けることは適切ではない
- 技術を開発した社員が親会社に在籍したまま技術責任者のように関わる場合や、親会社から出向させる場合に、その人にスタートアップからストックオプションを付与することを認めないのは適切ではない
- 人事制度や評価制度は「事業の成長速度の最大化」の観点からスタートアップ側で作るべきで、親会社の制度をそのまま移植させることは適切ではない
社員に籍を残したまま関わってもらう場合の手続きは、新規事業で在籍型出向を使うときの基本で扱っています。なお、経済産業省は、大企業などの人材が辞職せずに起業し、そのスタートアップに出向などで関わる「出向起業」を補助事業で支援してきましたが、この補助金事業は令和6年度で終了しています。
切り出しの進め方
ガイダンスは、代表的なストラクチャーとして二つを示しています。
- 直接創出型:推進していた社員が退職し、自ら出資してスタートアップを設立する。親会社は知財を移転し(先に意向表明書を出す場合もある)、ベンチャーキャピタルの出資にあわせて少数の出資をし、人材・設備・実証の場などの資源を提供する。
- 準備期間確保型:新規事業の検討段階で、コンサルティング会社などを通じて仮の子会社を設け、1〜2年程度の事業開発を行い、一定の成果が出た段階で事業責任者が株式を取得してスタートアップ化する。起業家が自ら会社を設立するパターンもある。
どちらの場合も、最初の資金調達までに、企業価値の根拠となる材料をそろえておくなど、通常のスタートアップと同じ資金調達の実務が必要になります。
社内で準備しておくこと
- 判断の基準:どのような技術・事業を社内で事業化し、どれを切り出すのかの基準を決める
- 調整の窓口:知財、人事、法務、経理との調整を支援する担当部署を決める。ガイダンスは、オープンイノベーション部門がこの役割を担う例を挙げている
- やり取りの文書化:ガイダンスは起業家側のつまずきとして、親会社の担当者とのやり取りを文書化せず、担当者の異動でプロセスが止まることを挙げている
- 切り出し後の支援:顧客の紹介、実証の場、施設の貸与などを、新株予約権を対価にするなどキャッシュフローに配慮した条件で提供する
社内公募から生まれた案件の受け皿としてカーブアウトを用意する場合は、社内公募・社内起業制度の作り方で決める制度の出口と整合させます。
スピンオフの税制の概要
既に事業として成り立っている部門や子会社を独立させる場合は、スピンオフの税制が関係します。経済産業省の手引によれば、概要は次のとおりです。
- 完全分離のスピンオフ:平成29年度税制改正で、分割型分割や株式分配によって特定の事業や完全子会社を独立させるスピンオフのうち一定のものが適格組織再編と位置づけられ、要件を満たせば、親会社の譲渡損益課税が繰り延べられ、株主へのみなし配当課税の対象外となります。
- パーシャルスピンオフ:親会社に一部の持ち分を残すスピンオフ(株式分配に限る)について、令和5年度税制改正で税制措置が創設されました。主な要件は、スピンオフ後に親会社が持つ子会社株式が発行済株式の20%未満であることと、親会社が産業競争力強化法に基づく事業再編計画の認定を受けていることです。令和8年度税制改正で要件が見直され、期限の定めのない措置になりました。
スピンオフは株主への株式の交付を伴うため、主に上場会社が事業の再編として使う仕組みです。検討する場合は、手引のQ&Aで会社法、金融商品取引法、上場の手続きを確認し、税理士や弁護士と進めてください。
まとめ
社内では育てにくい新規事業を切り出すときは、切り出した会社がスタートアップとして資金を集められる状態で出発させることが最も重要です。親会社の出資比率、知財の提供条件、競業避止義務、人事制度の持ち込みが、その妨げになりやすい点です。既存の事業部門を独立させる場合は、スピンオフの税制も選択肢になります。どちらの場合も、社内の複数部門との調整が必要になるため、調整を支える担当部署を先に決めておきます。
制度は改定されます。検討・契約の前に公式情報を確認し、弁護士・税理士などの専門家に相談してください。
参考資料
進め方に迷ったら、相談してください
起業家ポータル のメンバーが話を伺います。初回の相談は無料です。
同じ工程の記事
人材開発支援助成金の要点:新規事業のスキル習得に使えるリスキリング支援コース
新規事業に必要なスキルを社員に習得させる訓練に使える、人材開発支援助成金の事業展開等リスキリング支援コース。2026年9月時点の厚生労働省の資料をもとに、助成率・限度額、対象訓練、8月3日からの変更点、手続きを整理します。
新規事業人材の求人票の書き方:不確実さを正直に伝える
新規事業の求人票は「まだ決まっていないこと」をどう書くかが要です。職業安定法で明示が必要な労働条件(2024年4月追加の変更の範囲を含む)を押さえたうえで、事業の段階、期待する成果、撤退時の扱いを具体的に書く方法を整理します。
最初のエンジニアの採用:役割の決め方と、コードの権利の押さえ方
創業者がエンジニアでないスタートアップにとって、最初のエンジニアの採用は開発体制そのものを決める判断です。求める役割の決め方、見極め方、雇用か業務委託かの選択、書いたコードの権利を会社に残すための契約上の注意点を整理します。
新規事業の責任者の選び方と、権限の渡し方
大企業の新規事業が進まない原因は、責任者の能力よりも、渡された権限の少なさにあることが多くあります。責任者に求める資質、社内の後ろ盾となる役員の役割、予算枠と決裁権限・人選・撤退提案の権限をどう渡すかを整理します。