人材確保 大企業向け

新規事業で在籍型出向を使うときの基本

在籍型出向は、社員が元の会社(出向元)に籍を残したまま、出向先とも雇用契約を結んで一定期間働く仕組みです。新規事業では、スタートアップや提携先に社員を送り込んで経験を積ませる、あるいは新規事業のために設立した会社に人を移す、といった場面で使えます。進めるときは、本人の同意と就業規則の整備、出向契約での取り決め、給与負担と社会保険の扱いの3点を押さえることが基本です。

この記事は、厚生労働省の「在籍型出向『基本がわかる』ハンドブック(第3版、2026年3月13日公開)」などの公式資料をもとにしています。

在籍型出向とは

厚生労働省のハンドブックでは、在籍型出向を「出向元企業と出向先企業との間の出向契約によって、労働者が出向元企業と出向先企業の両方と雇用契約を結び、出向先企業に一定期間継続して勤務すること」と説明しています。

労働者派遣との違い

見た目は似ていますが、在籍型出向は出向先と労働者の間に雇用関係があるため、労働者派遣には当たりません。派遣では、派遣先と労働者の関係は指揮命令関係にとどまり、雇用関係は派遣元との間にしかありません。

労働者供給との関係に注意

在籍型出向の形態は、法律上は「労働者供給」に該当します。労働者供給を「業として行う」ことは職業安定法第44条で禁止されています。ハンドブックによれば、次のいずれかの目的があるものなどは、基本的に「業として行う」ものではないと判断されます。

  1. 労働者を離職させるのではなく、関係会社で雇用機会を確保する
  2. 経営指導、技術指導を実施する
  3. 職業能力開発の一環として行う
  4. 企業グループ内の人事交流の一環として行う

新規事業で出向を使う場合も、目的がこれらに沿っているかを確認し、社内の記録や出向契約に目的を明記しておきます。出向で人を送ること自体で対価を得るような形は避けてください。

新規事業での使いどころ

新規事業の文脈では、次のような使い方が考えられます。

  • スタートアップや提携先への出向:自社にない事業開発の進め方や技術を、実際の現場で身につけさせる。出向期間が終われば自社に戻り、学んだことを社内の新規事業に生かす。
  • 新規事業会社への出向:新規事業を子会社やジョイントベンチャーとして切り出す際に、立ち上げメンバーを出向の形で送る。本人は本体の籍を残せるため、挑戦のハードルが下がる。
  • 提携先からの受け入れ:協業先の専門人材を出向で受け入れ、新規事業の立ち上げに参加してもらう。

どの形でも、出向は「一定期間後に戻る」ことを前提にした仕組みです。新規事業会社に長く定着してもらう必要があるなら、転籍(元の会社との雇用契約を終了する形)や、その会社での直接採用も含めて比較します。スタートアップとの協業全体の進め方はスタートアップとの協業・事業提携の進め方も参考にしてください。

進め方の3ステップ

ハンドブックは、在籍型出向の準備を次の3段階で整理しています。

  1. 出向元と労働者:本人の個別同意や就業規則等の整備、労使の話し合い
  2. 出向元と出向先:出向契約の締結
  3. 出向先と労働者:出向期間中の労働条件等の明確化

ステップ1:本人の同意と就業規則

在籍型出向を命じるには、労働者の個別的な同意を得るか、出向先での賃金・労働条件、出向の期間、復帰の仕方などが就業規則や労働協約等で労働者の利益に配慮して整備されている必要がある、とされています。

さらに、出向を命じることができる場合でも、その必要性や対象者の選定の事情などに照らして権利の濫用と認められる場合は、その命令は無効になります(労働契約法第14条)。

新規事業のための出向は、本人のキャリアに大きく影響します。規程上は命じられる場合でも、目的、期間、戻った後の役割を本人に説明し、個別に同意を得て進めるのが現実的です。社内公募で希望者を募る方法もあります(社内公募・社内起業制度の作り方)。

ステップ2:出向契約で決めること

ハンドブックでは、出向契約で次のような事項を定めておくことが考えられるとしています。

  • 出向期間
  • 職務内容、職位、勤務場所
  • 就業時間、休憩時間、休日、休暇
  • 出向負担金、通勤手当、時間外手当、その他手当の負担
  • 出張旅費
  • 社会保険・労働保険
  • 福利厚生の取扱い
  • 勤務状況の報告、人事考課
  • 守秘義務、損害の賠償
  • 途中解約

新規事業、特にスタートアップへの出向では、これに加えて、出向者が業務で生み出した成果物や知的財産がどちらに帰属するか、出向元の機密情報を出向先に持ち込まないこと、出向先の情報を出向元に持ち帰る範囲を、あらかじめ決めておくことが重要です。スタートアップ側は、出向者を通じて大企業に自社のノウハウが流れることを警戒しています。この点を曖昧にすると、協業関係そのものが損なわれます。

契約に明確な定めがない場合、ハンドブックでは、解雇や復帰命令など労働者の地位に関わる権利義務は出向元に残り、労務の提供を求める権利や指揮命令権など就労に関わる権利義務は出向先に移る、と解釈するのが合理的とされています。

ステップ3:労働条件の明示

出向先での労働条件は、出向元、出向先、本人の三者の取り決めで定まります。労働時間や賃金、就業場所と業務などは、出向に際して出向先が明示しますが、出向元が代わって明示しても問題ないとされています。スタートアップは労働時間や働き方の慣行が出向元と大きく違う場合があるため、ここは丁寧に確認します。

給与負担・税務・社会保険

ハンドブックでは、給与の支払い方法として、出向先が本人に直接支給する方法と、出向先が出向元に給与負担金を支払い、出向元が本人に支給する方法が紹介されています。

税務面では次の点に注意が必要です。

  • 出向先が出向元に支払う給与負担金は、出向先の給与として扱われる(法人税基本通達9-2-45)
  • 出向元が出向者の給与を全額負担し、出向先が負担しなかった場合、出向先が負担すべき給与は出向元から出向先への経済的利益の無償の供与に当たり、出向元で寄附金課税の対象となる(法人税法第37条)
  • 出向元の給与水準が出向先より高く、その差額を出向元が補填する場合、その補填額は出向元の損金に算入される(法人税基本通達9-2-47)

新規事業の育成を目的に、資金力の小さいスタートアップへ出向させる場合、「出向元がすべて負担すればよい」と考えがちですが、寄附金として扱われるおそれがあるため、負担割合と理由を税理士と確認してください。

社会保険・労働保険は、ハンドブックで次のように整理されています。

  • 雇用保険:出向元と出向先の双方と雇用関係がある場合、生計を維持するのに必要な主たる賃金を受けている側の雇用関係についてのみ被保険者となる
  • 労災保険:出向先の組織に組み入れられ、出向先の指揮監督を受けて働く場合は、出向元で支払われる賃金も含めて計算し、出向先で適用する
  • 厚生年金保険・健康保険:使用関係があり報酬が支払われている企業(一方または双方)で適用を受ける。双方で被保険者となる場合は二以上事業所勤務届が必要

使える助成金:産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)

厚生労働省の「産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)」は、在籍型出向で労働者のスキルアップを行う事業主を助成する制度です。2026年9月時点で厚生労働省のページに掲載されている主な内容は次のとおりです。

  • 対象となる出向:労働者のスキルアップを目的とすること、出向期間終了後に元の事業所に戻って働くこと、出向復帰後6か月間の各月の賃金を出向前と比べていずれも5%以上上昇させること
  • 助成率:中小企業2/3、中小企業以外1/2
  • 上限額:1人1日あたり9,110円(1事業所1年度あたり1,000万円まで)。この額は雇用保険の基本手当日額の最高額(2026年8月1日時点)で、毎年8月に改正される
  • 令和8年4月8日以降に出向計画届を出す場合、出向元に加えて出向先事業主も支給対象
  • 企業グループ内の出向は対象外
  • 出向期間は1か月から2年、助成は最長1年分

グループ外のスタートアップや提携先への育成目的の出向であれば、対象になる可能性があります。出向開始日の前日までに出向計画届を都道府県労働局またはハローワークに提出する必要があるなど、手続の順序が決まっているため、出向を決める前に確認してください。

なお、雇用調整助成金など、雇用維持を目的とした出向への助成制度は、ハンドブック上、雇用調整を目的とするものであって人事交流・経営戦略・業務提携等のために行われるものではないことが要件とされています。新規事業のための出向は、こうした雇用維持目的の制度とは趣旨が異なる点に注意してください。

相手先探しの支援

公益財団法人産業雇用安定センターは、企業間の出向や移籍のマッチングを無料で支援しています。全国の事業所の出向受入情報をウェブサイトで検索することもできます。

まとめ

  • 在籍型出向は出向元・出向先の双方と雇用契約を結ぶ仕組みで、派遣とは異なる
  • 形態は労働者供給に当たるため、能力開発や人事交流などの目的を明確にする
  • 本人の同意と就業規則の整備、出向契約、労働条件の明示の3段階で進める
  • 新規事業では、知的財産と情報の扱いを出向契約で必ず決める
  • 給与負担の割合は寄附金課税のリスクも踏まえて決める
  • 育成目的のグループ外出向なら、スキルアップ支援コースの対象になりうる

制度は改定されます。出向の実施や助成金の申請の前に、公式情報と専門家(社会保険労務士・税理士・弁護士など)に確認してください。

参考資料

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