人材確保 大企業向け

新規事業の責任者の選び方と、権限の渡し方

新規事業の責任者は、既存事業で成果を上げた人ではなく、不確実な中で顧客に向き合い続けられる人を選び、そのうえで「一定の範囲なら自分で決めてよい」権限を最初に渡すことが重要です。責任だけを負わせて、予算の執行も人の配置も毎回上の承認を待つ状態では、誰を選んでも検証の速度は上がりません。

経済産業省とイノベーション100委員会が2019年に公表した「日本企業における価値創造マネジメントに関する行動指針」でも、経営者が情熱のある役員と社員を抜擢し現場を支えること、価値創造活動に一定の予算枠を確保し責任者に決裁権限を付与することが、推奨行動として挙げられています。この記事では、責任者の選び方と、渡す権限の設計を整理します。

責任者に求める資質

既存事業の基準で評価される人が適任とは限らない

行動指針は、価値創造活動には短期的な事業上の成果を期待できないこと、成果に固執するあまり尖ったアイデアが無難なものに落とし込まれることは避けるべきであることを指摘し、既存事業の基準で評価される人材が適任とは限らないとしています。

既存事業で優秀な管理職は、決まった目標を確実に達成する力に長けています。一方、新規事業の初期は目標そのものが仮説であり、仮説が外れたら方向を変える判断が求められます。選ぶ際は、次のような点を見ます。

  • 顧客に会い続けられるか:社内の説明資料づくりより、顧客の声を聞くことに時間を使えるか
  • 仮説が外れたことを認められるか:自分が言い出した案でも、検証の結果が悪ければ方向を変えられるか
  • 社内の調整を苦にしないか:法務、経理、情報システム、既存事業部門などとの調整を、自分の仕事として引き受けられるか
  • テーマへの思い入れがあるか:うまくいかない時期が続いても、続ける動機を持っているか

選び方の選択肢

責任者の候補は、社内の公募、経営陣による指名、社外からの採用などから探します。社内公募の制度設計は社内公募・社内起業制度の作り方で扱っています。どの方法でも、責任者を「兼務」のままにするのか「専任」にするのかを最初に決めます。兼務のまま責任者にすると、既存業務の評価が優先され、新規事業に時間を割けなくなりがちです。

後ろ盾となる役員を置く

行動指針は、経営者が抜擢した人材の「守護神」として活動を奨励し、その正当性を社内外に発信することが重要だとしています。新規事業は既存部門の理解を得にくいため、責任者とは別に、次の役割を担う役員(スポンサー)を置きます。

  • 経営会議などで新規事業の意義を説明し、必要な資源を確保する
  • 既存事業部門との利害が対立したときに調整する
  • 責任者が判断に迷ったときの相談相手になる
  • 撤退の判断を、責任者の失敗としてではなく事業の判断として扱う

スポンサーが交代すると活動が止まることは珍しくありません。行動指針でも、経営者と推進責任者の交代が活動継続の懸念事項として挙げられています。スポンサーの交代時の引き継ぎ方も、あらかじめ決めておきます。

渡す権限を具体的に決める

「任せる」と言うだけでは、責任者は何を自分で決めてよいかがわかりません。権限の範囲を、文書で決めておきます。

予算の執行権限

行動指針では、価値創造活動費がコストと捉えられて経営状況が悪化すると削られること、案件ごとの稟議に時間がかかって投資のタイミングが遅れることが「企業が陥りやすい課題」として挙げられています。そのうえで、既存事業とは別に一定の予算枠を確保すること、一定の金額と総額の範囲内なら稟議なしで投資できる権限を責任者に与えることが、克服のためのアクションとして示されています。

実務では、次のような形が考えられます。

  • 段階(ステージ)ごとに予算の総額を決め、その範囲の執行は責任者が決める
  • 1件あたりの上限額を決め、それを超えるものだけ上位の承認を得る
  • 次の段階の予算は、ステージゲートの審査で決める

段階ごとの審査の設計は新規事業のステージゲートの設計、最初の予算の通し方は新規事業の稟議で経営陣が見る点と資料の構成で扱っています。

人の権限

チームのメンバーを誰にするか、社外の人材や開発会社に依頼するかを、責任者が決められるようにします。特に、社内から人を招きたいときに元の部署の了承が得られず進まないことがよくあります。スポンサーが調整役を担うか、異動の手続きを通常より早く進められる仕組みを用意します。

顧客・取引先との約束の権限

実証実験の相手先との契約、試験的な価格での販売、無償提供の範囲など、顧客との約束をどこまで責任者が決められるかも決めます。法務や経理の確認が必要なものは、確認の窓口と期限を決めておくと、毎回ゼロから相談する手間が省けます。

方向転換と撤退を提案する権限

責任者が「このテーマは続けるべきではない」と提案できることも、重要な権限です。撤退を提案した責任者が不利な扱いを受けると、誰も撤退を言い出さなくなり、見込みのない事業が続きます。撤退の基準は新規事業のKPIの置き方と撤退基準を参照してください。

権限の範囲を一覧にする

権限は、次のような表にして、責任者、スポンサー、関係部門で共有します。

決めること 責任者が決める スポンサーの承認 経営会議の承認
段階内の予算の執行(1件あたりの上限以下)
1件あたりの上限を超える支出
次の段階への移行と予算
チームメンバーの選定 異動の調整
実証実験の契約(定型の範囲)
方向転換の決定 ○(報告)
撤退の決定 提案

どの欄に何を置くかは会社によって異なります。大切なのは、責任者が迷わず動ける範囲を明確にすることと、上位の承認が必要なものは判断の期限を決めておくことです。

権限を渡した後の関わり方

権限を渡したら、細かな活動の一つ一つに説明を求めないことも大切です。行動指針でも、社外プログラムやネットワーキングなどの活動一つ一つに細かな説明を求められることが課題として挙げられ、活動内容を細かく管理しないことが示されています。

その代わり、定期的な報告の場で、検証している仮説、わかったこと、次に試すことを共有してもらいます。スポンサーはその場で、足りない資源や社内の障害を取り除く役割に徹します。責任者本人の評価の考え方は、新規事業担当者の人事評価で扱っています。

まとめ

新規事業の責任者は、既存事業の実績ではなく、顧客に向き合い仮説を修正し続けられるかで選びます。そのうえで、後ろ盾となるスポンサー役員を置き、予算、人、顧客との約束、方向転換と撤退の提案について、責任者が自分で決められる範囲を文書で渡します。責任と権限をそろえることが、新規事業の速度を上げる最も確実な方法です。

参考資料

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