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新規事業のKPIの置き方と撤退基準の決め方

新規事業のKPIは、既存事業のように売上や利益で測るのではなく、その時点で検証すべき仮説が正しいかどうかを測る指標を、事業の段階に合わせて置き替えていくのが基本です。そして撤退基準は、始める前に「いつまでに、何が、どの水準に達しなければ見直すか」を関係者で合意し、書面に残しておきます。

この記事では、段階ごとのKPIの考え方と、撤退基準の作り方、運用の注意点を説明します。

なぜ新規事業に既存事業のKPIが合わないのか

立ち上げ初期の新規事業では、売上はほぼゼロで、利益はマイナスです。この段階で売上や利益を主な指標にすると、どの事業も「目標未達」になり、よい芽と悪い芽の区別がつきません。逆に、売上目標を無理に達成しようとして、本来の顧客ではない相手に値引きして売ったり、個別対応を重ねたりすると、数字は立っても事業の仮説は検証されていないという状態になります。

新規事業のKPIは、次の問いに答えるためのものです。

  • 解こうとしている課題は、本当に顧客にとって重要か
  • 自分たちの解決策は、その課題を解いているか
  • 顧客は対価を払うか、使い続けるか
  • 顧客を獲得し、事業として採算が合う形で広げられるか

問いは段階によって変わるので、KPIも段階ごとに変えます。

段階ごとのKPIの例

以下は考え方の例です。業種やビジネスモデルによって適切な指標は異なります。

課題の検証段階

  • 顧客ヒアリングの件数と、そのうち課題を「強く感じている」と答えた人の割合
  • 課題に対して、すでにお金や時間を使って対処している顧客の数
  • 次の打ち合わせや試用に応じてくれた顧客の数

件数そのものより、「課題が深刻で、今の対処に不満がある」という証拠がどれだけ集まったかを見ます。

解決策の検証段階(PoC・MVP)

  • 試作品や試用版を実際に使った顧客の数と、使い続けた割合
  • 有料で契約した、または購入意向を書面で示した顧客の数
  • 顧客が得た効果(作業時間の削減など)を測った結果

事業化・拡大段階

  • 新規顧客の獲得数と、獲得にかかった費用
  • 継続率・解約率
  • 顧客1社(1人)あたりの売上と、粗利
  • 売上の伸び率

拡大段階に入って初めて、売上や採算が主要な指標になります。どの段階にいるかの判断は、PMF(プロダクトマーケットフィット)の判断の仕方も参考にしてください。

KPIを置くときの注意点

指標は少なく絞る

指標を多く並べると、どれかは必ずよく見えるため、判断が甘くなります。その段階でもっとも重要な仮説に対応する指標を1〜2個に絞り、それ以外は参考値として扱います。

見栄えのよい数字に注意する

累計の登録者数、ウェブサイトの訪問数、展示会で集めた名刺の数などは、増え続けるため前進しているように見えますが、事業の成否とは関係が薄いことがあります。「その数字が上がったら、次の意思決定が変わるか」を基準に選びます。

目標値は根拠とともに置く

目標値は、事業計画の前提(例えば、黒字化に必要な顧客数や継続率)から逆算して置きます。根拠のない目標値は、未達でも「目標が高すぎた」で済まされ、判断に使えません。

撤退基準の作り方

なぜ事前に決めるのか

撤退の判断は、始めた後になるほど難しくなります。すでに使った予算や時間を惜しむ気持ち、担当者や推進した役員の立場、もう少し続ければうまくいくかもしれないという期待が判断を曇らせます。冷静なうちに基準を決めておくことが、撤退を「失敗」ではなく「あらかじめ決めていた判断」にする唯一の方法です。

撤退基準に含める要素

撤退基準は、次の3つをセットで決めます。

  1. 期限:いつの時点で判断するか(例:検証段階の開始から6か月後)
  2. 指標と水準:どの指標が、どの水準に届かなければ見直すか
  3. 使える資源の上限:その段階で使ってよい予算と人員の上限

例えば「検証段階で6か月、予算の上限を決め、その間に有料の試験導入に合意する顧客が一定数に届かなければ、撤退か方向転換を検討する」という形です。

判断の選択肢は撤退だけではない

基準に届かなかったときの選択肢は、撤退だけではありません。

  • 撤退:事業をやめる
  • 方向転換(ピボット):対象顧客や解決策を変えて、再び検証段階から始める
  • 条件付きの継続:期限を区切って延長する。ただし延長は一度までとし、延長時にも次の基準を決める

どの選択肢を取るかは、検証で得た事実(課題は確認できたが解決策が合わなかった、そもそも課題が弱かった、など)をもとに判断します。

誰が判断するかを決める

撤退の判断を担当チームだけに委ねると、どうしても継続に傾きます。一方、経営陣が数字だけを見て判断すると、検証の中身が評価されません。判断する会議体と参加者、判断に使う資料をあらかじめ決めておきます。

書面に残す項目

撤退基準は、口頭の合意では時間とともに解釈がずれます。次のような項目を1枚にまとめ、判断者と担当チームの双方が確認した日付とともに保管しておきます。

  • 事業の名称と、現在の段階
  • この段階で検証する仮説(「〇〇業の経理担当者は、月末の〇〇作業に困っており、月額〇円なら払う」など、具体的な文章で)
  • 判断の時期
  • 主要な指標と、継続・見直しの水準
  • この段階で使ってよい予算と人員の上限
  • 判断する会議体と参加者
  • 撤退する場合の後始末(顧客への連絡、契約の終了、担当者の異動先)

最後の項目は見落とされがちですが、試験導入に協力してくれた顧客への説明や、データの扱いを事前に考えておくことで、撤退しても顧客や取引先との信頼を損なわずに済みます。

大企業と起業家で異なる点

大企業の新規事業

大企業では、撤退基準をステージゲートの通過条件と組み合わせて運用するのが一般的です。各段階の予算は、次の段階に進むときに改めて承認する形にすると、撤退の判断が組み込まれます。仕組みの作り方は新規事業のステージゲートの設計で説明しています。

注意したいのは、撤退した事業の担当者の評価です。撤退が担当者の失点になる組織では、誰も撤退を提案せず、見込みのない事業が延命されます。撤退の判断と、担当者の仕事ぶりの評価は切り分けてください。

起業家・スタートアップ

スタートアップでは、会社そのものの資金が尽きる時期(手元資金を毎月の支出で割った期間)が、実質的な撤退期限になります。次の資金調達に必要な実績を、資金が尽きるどれくらい前までに作るかを逆算し、その時点のKPIと水準を決めておきます。方向転換は頻繁に起こるため、「どの仮説が否定されたら方向転換するか」を共同創業者や投資家と共有しておくと、判断の場面で揉めにくくなります。

運用のポイント

  • KPIは毎週または隔週で確認し、判断は決めた時期に行う
  • 基準に届かなかった理由と、そこから分かったことを記録する
  • 段階が進んだら、KPIと撤退基準を新しい段階のものに置き替える
  • 基準を途中で緩めるときは、その理由を記録し、判断者の承認を得る

まとめ

  • 新規事業のKPIは、その段階で検証すべき仮説を測る指標にする
  • 指標は1〜2個に絞り、目標値は事業計画の前提から逆算する
  • 撤退基準は、期限・指標と水準・資源の上限をセットで事前に決める
  • 基準未達のときは、撤退・方向転換・条件付き継続から事実に基づいて選ぶ
  • 撤退の判断と担当者の評価は切り分ける

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