新規事業の稟議で経営陣が見る点と資料の構成
新規事業の稟議で経営陣が知りたいのは、「成功するかどうか」よりも「今回いくらをかけて何を確かめ、結果に応じて次に何を判断するのか」です。成功を約束する書き方ではなく、検証の範囲、投資の上限、撤退と継続の条件をはっきりさせた資料のほうが承認を得やすくなります。
既存事業の稟議と何が違うのか
既存事業の設備投資や販促の稟議は、過去の実績から効果を見積もれます。一方、新規事業はまだ顧客も売上もなく、見積もりの多くが仮説です。そのため、既存事業と同じ書式・同じ基準で審議すると、次のようなすれ違いが起こりがちです。
- 数年後の売上計画を求められ、根拠の薄い数字を並べることになる
- 投資回収の期間が既存事業の基準に合わず、そもそも審議の土俵に乗らない
- 一度承認されると、途中で止める判断がしにくくなる
こうしたすれ違いを減らすには、新規事業の稟議を「一括で大きな投資を承認してもらうもの」ではなく、「段階ごとに小さく承認をもらうもの」として設計するのが有効です。段階ごとの判断基準を全社の仕組みにしたものがステージゲートで、詳しくは新規事業のステージゲートの設計:段階・判断基準・運用のつくり方で解説しています。
経営陣が見る6つの点
1. 会社としてやる理由
その事業がなぜ自社で取り組むべきものなのかです。中期経営計画や全社戦略との関係、既存事業の資産(顧客基盤、技術、ブランド、販売網など)をどう活かせるのかを示します。「市場が伸びているから」だけでは、他社でもよい理由にしかなりません。
2. 顧客と課題の確からしさ
誰がどんな課題を抱えていて、それが実在することをどこまで確かめたのかです。ヒアリング件数、試作品への反応、試験導入の結果など、実際に得た事実を書きます。まだ確かめていないことは「未検証の仮説」と明記します。
3. 今回の投資で確かめること
今回の稟議で承認してほしい範囲を明確にします。例えば「3か月で、対象顧客10社に試作品を使ってもらい、有償契約の意向を確認する」のように、期間・対象・確かめる事柄を具体的に書きます。
4. 投資額とその上限
今回の段階でかかる費用(人件費、外注費、試作費、調査費など)と、その上限です。追加が必要になった場合に、改めて承認を取る条件も書いておくと、経営陣は安心して承認しやすくなります。
5. 次に進む条件と撤退する条件
検証の結果、どうなったら次の段階に進み、どうなったら止めるのかを、事前に数字や事実で決めておきます。撤退条件を先に書くことは消極的に見えるかもしれませんが、経営陣にとっては「損失の上限が見える」ことを意味し、判断しやすくなります。指標の置き方は新規事業のKPIの置き方と撤退基準の決め方を参考にしてください。
6. リスクと既存事業への影響
法規制、ブランド毀損、既存顧客との利益相反、情報セキュリティ、既存事業部門との顧客の取り合いなど、想定されるリスクと対策です。特に既存事業との関係は、関係部門と事前に話しておかないと、審議の場で反対が出て差し戻されることがあります。
稟議資料の構成例
会社ごとに書式は決まっていることが多いですが、新規事業では次の順番で情報を並べると、経営陣の問いに沿った流れになります。
- 申請の要旨(何を、いくらで、いつまでに確かめるか。1ページで完結させる)
- 背景と自社で取り組む理由
- 対象顧客と課題、これまでに確かめた事実
- 提供する価値と事業の仕組み(誰からどう収益を得るか)
- 今回の段階の実施内容とスケジュール
- 費用の内訳と上限
- 判断基準(次の段階に進む条件と撤退条件)
- 体制(責任者、メンバー、関係部門、外部パートナー)
- リスクと対策
- 中長期の見通し(参考情報として)
中長期の売上見通しは、最後に「参考」として置き、前提条件を明記するのがよいでしょう。今回の判断の中心は、あくまで次の段階に進むための検証です。事業計画書そのものに書く項目は新規事業の事業計画書に書くことで整理しています。
差し戻されやすい資料の特徴
新規事業の稟議が差し戻される理由には、いくつか共通する型があります。
- 何を承認してほしいのかが冒頭でわからない(要旨がなく、背景説明から始まる)
- 売上計画だけが詳しく、それを支える顧客の検証結果がない
- 費用の上限や追加投資の条件が書かれておらず、「いくらかかるかわからない」と受け取られる
- 撤退条件がなく、失敗したときの扱いが見えない
- 責任者が曖昧で、兼務メンバーの工数の出どころ(どの部門の人件費か)が決まっていない
- 関係部門の合意がとれておらず、審議の場で反対意見が出る
提出前に、この一覧に当てはまる箇所がないかを確認しておくと、差し戻しを減らせます。
申請の単位を確認する
同じ大企業の中でも、どの予算で、どの決裁権限で進めるのかによって、必要な資料と手続きが変わります。
- 部門の既存予算の範囲内で小さく始めるのか、全社の新規事業予算を申請するのか
- 社内の事業として進めるのか、子会社や合弁会社を作るのか
- 外部との契約(業務委託、共同研究、出資など)を伴うのか
金額や契約の種類によって決裁者が変わる会社も多いため、社内規程の決裁基準を確認し、どの会議体に諮るのかを早めに把握しておきます。
通りやすくするための進め方
審議の前に関係者と話しておく
稟議の場で初めて内容を知る役員がいると、懸念が出やすくなります。決裁者、関係する事業部門、法務・経理・情報システムなどの管理部門には、事前に概要を説明し、懸念点を聞いて資料に反映しておきます。
数字は「幅」と「前提」で示す
新規事業の数字は不確かです。1つの数字で断定せず、前提条件と、楽観・標準・悲観の幅で示すと、経営陣は不確かさを理解したうえで判断できます。前提のうちどれが最も結果を左右するかも書いておくと、次の検証で何を確かめるべきかが明確になります。
社内の用語と基準に合わせる
投資判断の基準(回収期間、利益率など)は会社ごとに違います。自社の審議でよく使われる指標や言葉を把握し、それに沿って説明すると、読み手の負担が減ります。基準に合わない部分がある場合は、隠さずに「新規事業なので現時点では基準を満たさないが、この段階の目的は〇〇である」と説明します。
説明は要旨から始める
審議の場で使える時間は限られています。最初の数分で「何を、いくらで、いつまでに確かめ、結果をどう判断するか」を伝え、詳細は質問に応じて資料の該当ページで答える、という進め方にすると、議論が本題に集中しやすくなります。想定される質問と回答は、付録として資料の後ろにまとめておきます。
否決・差し戻しの理由を記録する
差し戻された場合は、どの点が懸念されたのかを具体的に確認し、記録します。次の申請で同じ指摘を受けないためだけでなく、会社が新規事業に何を求めているのかを知る手がかりにもなります。
承認後にやること
承認はゴールではなく、合意した検証を始める合図です。承認された内容(期間、費用上限、判断基準)を関係者と共有し、定期的に進捗と検証結果を報告します。当初の判断基準を途中で変える必要が出てきたら、その理由を添えて早めに相談します。結果が出たら、事前に決めた条件に沿って「進む」「方向を変える」「止める」を判断し、次の稟議につなげます。
こうした報告と判断を積み重ねることで、社内に「新規事業は段階ごとに判断するもの」という共通認識が生まれ、次の稟議も通しやすくなっていきます。
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