既存事業の資産から新規事業のテーマを選ぶときの判断軸
既存事業の資産を生かした新規事業のテーマは、「自社に何があるか」からではなく、「その資産が、誰のどんな課題の解決にどれだけ効くか」で選ぶのが基本です。資産の棚卸しと顧客課題の検証をセットで進め、複数の候補を同じ軸で比べると、社内の説明にも耐えるテーマ選定になります。
なぜ既存資産から考えるのか
大企業が新規事業に取り組む強みは、スタートアップにはない資産を最初から持っていることです。技術、顧客基盤、販路、ブランド、データ、生産設備、人材などを使えれば、ゼロから始めるよりも立ち上がりを速くできる可能性があります。
一方で、資産を起点に考えると「この技術を何かに使えないか」という発想に偏り、顧客の課題が後回しになりがちです。資産はあくまで勝ち筋を作る手段であり、テーマを選ぶ根拠は顧客の課題にあることを忘れないようにします。
新規事業の方向性を整理する枠組み
テーマ候補が既存事業からどれだけ離れているかを整理するには、製品と市場の2軸で成長の方向性を分ける「アンゾフの成長マトリクス」が使えます。中小企業庁のミラサポplusや中小企業基盤整備機構のJ-Net21でも紹介されている枠組みで、次の4つに分けます。
| 既存の市場 | 新しい市場 | |
|---|---|---|
| 既存の製品・サービス | 市場浸透 | 新市場開拓(市場開発) |
| 新しい製品・サービス | 新製品開発 | 多角化 |
J-Net21では、多角化は経験の少ない市場に新しい製品を投入するため、マーケティングや開発のコストがかかるリスクがあると説明されています。また中小企業庁の記事では、多角化をさらに水平型、垂直型、集中型、集成型に分けて整理しています。
新規事業のテーマは、このうち「新市場開拓」「新製品開発」「多角化」のいずれかに位置づけられます。どの象限を狙うかで、使える資産と足りない資産が変わるため、候補ごとに位置を確認しておくと議論が整理しやすくなります。
既存資産の棚卸し
棚卸しの対象
資産は、目に見えるものだけではありません。次のような観点で洗い出します。
- 技術・知的財産:保有する技術、特許、製造ノウハウ、品質管理の仕組み
- 顧客基盤:取引先の業種と数、長期の取引関係、顧客から寄せられる相談や要望
- 販路・チャネル:営業組織、代理店網、店舗、ECサイト
- ブランド・信用:社名の知名度、業界での評判、与信の通りやすさ
- データ:取引データ、利用履歴、設備の稼働データなど
- 設備・拠点:工場、物流網、遊休資産
- 人材・組織能力:専門人材、規制対応や大規模案件の運営経験
強みかどうかを見極める
洗い出した資産がすべて新規事業で強みになるわけではありません。「競合も同じものを持っていないか」「外部から簡単に手に入れられないか」「新しい市場でも価値として通用するか」の3点で確かめます。社内では当たり前でも外から見ると珍しいもの、逆に社内では誇りでも新市場では評価されないものがあるため、社外の人の意見を聞くことが役立ちます。
知財情報を使った分析
技術資産の棚卸しや、その技術を使える新しい領域の探索には、特許などの知財情報を使った分析も有効です。特許庁は、経営・事業情報に知財情報を組み込んだ分析を行い、その結果を経営者や事業責任者と共有する取り組みを「IPランドスケープ」として紹介しており、「経営戦略に資するIPランドスケープ実践ガイドブック」を公開しています。同ガイドブックでは、活用目的の例として、企業の強み・弱みの整理、新規事業領域の探索、パートナー候補企業の抽出などが挙げられています。社内に知財部門がある場合は、早い段階から相談するとよいでしょう。
テーマ候補を比べる判断軸
候補が複数出てきたら、同じ軸で比べます。代表的な軸は次のとおりです。
1. 顧客課題の強さ
その課題を抱える顧客がはっきりしているか、課題が深刻で、すでにお金や時間をかけて対処しているか。この軸が弱い候補は、資産がどれだけ生きても事業になりにくいため、最も重く見ます。確かめ方は顧客ヒアリングの質問項目と聞き方を参照してください。
2. 資産の効き方
既存資産を使うことで、競合より速く、安く、確実に価値を届けられるか。資産が「あると便利」程度なのか、「それがなければ成り立たない」ほど効くのかを区別します。
3. 市場の大きさと伸び
事業として目指す規模に届く市場があるか。大企業では、一定以上の売上規模が見込めないと継続の判断が難しくなることがあります。市場規模の見積もり方は市場規模(TAM・SAM・SOM)の出し方で解説しています。
4. 自社がやる理由
経営方針や中期経営計画との整合、既存事業との相乗効果。社内で予算と人を確保し続けるには、「なぜ当社がやるのか」を説明できる必要があります。
5. 既存事業との衝突
既存事業の顧客や販売パートナーと競合しないか、既存製品の売上を食わないか。衝突がある場合は、それを受け入れるのか、別ブランドや別会社で進めるのかを早めに決めておきます。
6. 足りない資産と調達方法
自社にない能力(ソフトウェア開発、新しい販路、規制対応など)は何か、それを採用、提携、買収のどれで補うのか。スタートアップとの協業を選ぶ場合はスタートアップとの協業・事業提携の進め方も参考にしてください。
これらの軸に点数をつけて比べる方法もありますが、点数の合計だけで決めるのは避けます。特に「顧客課題の強さ」は他の軸で補えないため、足切りの条件として扱うのが現実的です。
陥りやすい失敗
- 技術ありきで用途を探す:技術の優位性ばかりを説明し、顧客が誰かを答えられない状態で進んでしまう
- 既存顧客の要望をそのまま事業にする:一社の要望に応えた結果、その会社専用の受託開発になり、ほかの顧客に広がらない
- 既存事業の物差しで評価する:立ち上げ初期から既存事業と同じ利益率や回収期間を求め、有望な候補を早く止めてしまう
- 資産を使うこと自体が目的になる:遊休設備や余剰人員の活用が先に立ち、顧客にとっての価値が弱いまま進む
テーマを決めたあとの進め方
テーマを一つに絞ったら、候補を比べたときの前提を仮説として書き出し、顧客ヒアリングやデスクリサーチで確かめます。検証の結果、前提が崩れた場合は、比較表に戻って次の候補を検討します。最初から一つに賭けず、2〜3の候補を並行して軽く検証し、有望なものに資源を寄せる進め方も有効です。
まとめ
既存事業の資産から新規事業のテーマを選ぶときは、資産を棚卸ししたうえで、顧客課題の強さ、資産の効き方、市場の大きさ、自社がやる理由、既存事業との衝突、足りない資産の6つの軸で候補を比べます。中でも顧客課題の強さは他の軸で補えない条件です。資産は勝ち筋を作る手段と位置づけ、顧客の課題から逆算して選ぶことが、社内でも社外でも通用するテーマにつながります。
参考資料
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