エンジェル税制の基本:スタートアップ側の要件と手続き
エンジェル税制は投資家のための税制ですが、手続きの出発点はスタートアップ側にあります。会社が要件を満たし、都道府県から「確認書」の交付を受けて投資家に渡さなければ、投資家は優遇を受けられません。個人投資家から資金を集める予定があるなら、自社がどの措置の対象になりうるかを調達前に確かめ、必要なら事前確認を受けておくことが、投資の勧誘で役立ちます。
以下は、経済産業省と国税庁の公式ページで2026年9月時点に確認した内容です。
制度の全体像
経済産業省によると、エンジェル税制は、スタートアップへ投資を行った個人投資家に対して税制上の優遇措置を行う制度です。投資家は、投資した年と、株式を売却した年のそれぞれで優遇を受けられます。令和5年度の改正で、設立間もないスタートアップへの投資や、自己資金による起業についての非課税措置が加わりました。
投資した年の優遇措置
| 措置 | 控除の対象と控除先 | 性質 | 控除の上限 | 設立年数 | 外部資本比率 |
|---|---|---|---|---|---|
| 優遇措置A | (投資額-2,000円)をその年の総所得金額から控除 | 課税繰延 | 総所得金額×40%と800万円のいずれか低い方 | 5年未満 | 1/6以上 |
| 優遇措置B | 投資額全額をその年の株式譲渡益から控除 | 課税繰延 | 上限なし | 10年未満 | 1/6以上 |
| プレシード・シード特例 | 投資額全額をその年の株式譲渡益から控除 | 非課税(20億円の出資まで。超える分は課税繰延) | 上限なし | 5年未満 | 1/20以上 |
| 起業特例 | 会社設立時の自己資金による出資額全額をその年の株式譲渡益から控除 | 非課税(20億円の出資まで。超える分は課税繰延) | 上限なし | 1年未満 | 1/100以上 |
出典は経済産業省「エンジェル税制」ページの概要表です。優遇措置Aについては、プレシード・シード特例の企業要件(営業損益が0未満など)を追加で満たす場合、外部資本比率の要件が1/6以上から1/20以上に緩和されます(表中では「優遇措置A-2」とされています)。
「課税繰延」とは、投資時に控除を受けた分だけ株式の取得価額が減額され、売却したときの譲渡益が増える形で後から課税されることを指します。「非課税」の措置では、20億円までは取得価額の調整がありません。
国税庁のタックスアンサーによると、優遇措置Aは「特定新規中小会社が発行した株式を取得した場合の課税の特例(寄附金控除)」、優遇措置Bとプレシード・シード特例は「特定投資株式の取得に要した金額の控除等の特例」、起業特例は「設立特定株式の取得に要した金額の控除等の特例」に当たります。これらの特例は、同じ年分に同じ銘柄の株式について重複して適用することはできません。
売却した年の優遇措置
対象の未上場株式を売却して損失が出た場合、その年の他の株式の譲渡益と通算でき、通算しきれない損失は翌年以降3年にわたって繰り越せます。会社が上場しないまま破産や解散をして株式の価値がなくなった場合も、同様に繰越しができます。
会社側が満たす要件
経済産業省の「エンジェル投資に対する措置」のページでは、個人が直接投資する場合の主な企業要件として次のものが挙げられています。要件は払込みの日(事前確認を受ける場合はその申請の日)の時点で満たしている必要があります。
- 設立5年未満の中小企業者であること(優遇措置Bは設立10年未満)
- 設立経過年数(事業年度)ごとの要件を満たすこと(研究者や新事業活動従事者の人数と割合、試験研究費等の比率、営業キャッシュ・フローの赤字、売上高成長率など。プレシード・シード特例では営業損益が0未満であることなど)
- 外部(特定の株主グループ以外)からの投資を1/6以上取り入れていること(プレシード・シード特例は1/20以上)
- 大規模法人グループの所有に属さないこと
- 未登録・未上場の株式会社であること
- 風俗営業等に該当する事業を行う会社でないこと
投資家側にも要件があります。たとえば、投資先が同族会社である場合に持株割合の大きい上位の株主グループに属していないこと、自らが営んでいた事業を投資先に承継させた個人やその親族等でないこと、金銭の払込みにより株式を取得していることなどです。会社が要件を満たしていても、投資家が要件を満たさなければその投資家は優遇を受けられないため、誰にどれだけの割合で株式を引き受けてもらうかを想定して勧誘することが求められます。
設立経過年数ごとの要件は細かく分かれているため、経済産業省の申請ガイドラインと、同ページに掲載されている要件の一覧で自社の状況を確認してください。
起業特例:創業者自身の出資が対象になる
起業特例は、自己資金で会社を設立した場合の措置です。国税庁の説明では、設立の日以後の期間が1年未満の中小企業者であること、販売費および一般管理費の出資金額に対する割合が100分の30を超えることなどの要件を満たす株式会社が、設立の際に発行する株式が対象で、出資者は発起人であることなどが要件です。申請ガイドラインでは、民法上の組合等を経由する場合は含まれず、対象となる個人は会社を発起設立した発起人に限られるとされています。
株式の譲渡益がある個人が起業する場合に関係する措置です。適用できるかは、設立前に税理士と確認しておきます。
手続きの流れ
確認申請と確認書
個人が直接投資する場合、まずスタートアップが本店所在地の都道府県に、エンジェル税制の対象企業であることや投資が行われたことなどの確認申請を行います。都道府県は確認後、スタートアップに「確認書」を交付します。スタートアップはこの確認書を投資家に渡し、投資家は確定申告の際に確認書を税務署に提出します。
申請ガイドラインは、確定申告期限の間際の申請では確認書の交付が遅れるおそれがあるため、要件を満たした後、速やかに申請するよう求めています。投資を受けた年の年末が近づいてから準備を始めるのではなく、払込みが終わったらすぐに申請の準備をします。
事前確認制度
資金調達の前に、自社がエンジェル税制の対象かどうかについて確認を受けられる制度です。事前確認を受けると、自社が対象企業であることを投資家に説明でき、経済産業省のホームページで会社名などが公表されます。
事前確認は、確認申請日の時点で対象企業であることだけを確認するもので、投資家が優遇を受けるための「払込み後の確認」までは含みません。払込み後に、事前確認の確認書、投資家の宣言書、外部資本を確認する書類、払込みを証する書類などを提出し、改めて確認を受けます。申請ガイドラインは、事前確認は投資家に利益を保証するものではないことにも注意を促しています。また、起業特例の要件を満たすことをもって優遇措置Bの適用を受ける場合は事前確認制度がないとされています。事前確認を受けずに投資を受けた後でも、要件を満たせば適用を受けられます。
認定LPS・認定ECFを経由する場合
経済産業大臣の認定を受けた投資事業有限責任組合(認定LPS)を経由する投資や、認定を受けた少額電子募集取扱業者(認定ECF)の株式投資型クラウドファンディングによる投資では、一部の要件が免除され、認定LPSや認定ECFが確認書を発行できるため、都道府県への確認申請が不要になります。株式投資型クラウドファンディングについてはクラウドファンディングの種類と使い分けで解説しています。
最近の改正点
J-KISSなど有償新株予約権(2024年4月1日以降の取得)
令和6年度税制改正により、個人投資家が株式を取得した時点(新株予約権の行使日)でエンジェル税制の全ての要件を満たす場合、取得時に払込みを行う新株予約権(いわゆる有償新株予約権。J-KISS等)の取得に要した金額も、株式の取得に要した金額に含められることになりました。2024年4月1日以降に取得した新株予約権のみが対象です。認定ECF経由の投資で、その事業者が確認書を発行する場合は、この措置の適用を受けられないとされています。
再投資期間の延長と保有期間(2026年1月1日以降の取得)
令和7年度税制改正により、2026年1月1日以降に取得した株式から、次の2点が適用されています。
- 再投資期間の延長:優遇措置Bとプレシード・シード特例について、株式譲渡益が発生した年分の確定申告で所定の書類を提出していれば、翌年末までに投資した場合でも、前年の株式譲渡益に係る所得税の一部の還付を受けられるようになりました。投資家にとっては、譲渡益が出た年の翌年に投資しても優遇を受けやすくなります
- 保有期間の設定:プレシード・シード特例の非課税措置を受けた株式を、取得した年の翌年末までに譲渡した場合は、非課税ではなく課税繰延の扱いに切り替わります。ただし、上場後の譲渡やM&Aなど一定の場合の譲渡は除かれます
株式の異動の通知(2025年4月1日以降の譲渡・贈与)
確認を受けた対象企業は、個人投資家が株式を譲渡または贈与したことを知った場合、その知った年の翌年1月31日までに株式異動状況通知書を作成し、所轄の税務署長に提出することとされています。令和7年度改正で、これまで対象外だったプレシード・シード特例の株式(適用額20億円以下の場合)も含まれるようになりました。投資家から株式の異動の報告を受けたときには、株式異動状況明細書を作成して投資家に交付することも求められています。
エンジェル税制を使って資金を集める場合、確認申請だけでなく、投資後もこうした報告の事務が続く点を社内の管理体制に組み込んでおきます。
スタートアップが準備すること
- 経済産業省のページと申請ガイドラインで、自社がどの措置の要件を満たしうるかを確認する
- 投資家候補ごとに、投資家要件を満たすか、どの措置を使う見込みかを確認する
- 必要に応じて、資金調達の前に都道府県に事前確認を申請する
- 払込み後、速やかに確認申請を行い、確認書を投資家に渡す
- 投資後の株式の異動を把握し、通知書・明細書の作成に備える
シード期の資金調達手段全体の中での位置づけはシード期の資金調達手段の種類と違いを参照してください。
制度は改定されます。申請・契約の前に公式情報と専門家(税理士など)に確認してください。
参考資料
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