スタートアップのイグジット(IPO・M&A)の基本
スタートアップのイグジット(出口)は、主にIPO(株式上場)とM&A(株式や事業の売却)の2つです。どちらを目指すかで、準備に必要な期間、社内体制、資本政策が大きく変わるため、資金調達を始める段階から方向性を考えておくことが大切です。
この記事では、IPOについては日本取引所グループ(JPX)が公開している上場制度をもとに、M&Aについては公的なガイドラインを参照しながら、基本的な考え方を整理します。
イグジットとは何か
イグジットとは、創業者や投資家が保有する株式を、売却などによって現金化できる状態にすることです。ベンチャーキャピタル(VC)などの投資家は、出資したお金をいずれ回収し、自らの出資者に返す必要があるため、出資の時点でイグジットの見通しを確認します。
主な選択肢は次のとおりです。
| 方法 | 内容 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| IPO | 証券取引所に株式を上場する | 会社は独立したまま、市場から資金を調達できる。上場後は開示や内部管理の義務が続く |
| M&A | 他社に株式や事業を売却する | 比較的短い期間で実現できる場合がある。買い手の傘下に入る |
どちらが優れているというものではなく、事業の規模や成長の見込み、創業者が会社をどうしたいか、投資家の期待などによって選び方が変わります。
IPO(株式上場)の基本
東京証券取引所の市場区分
東京証券取引所には、新規上場の対象として次の市場があります(JPX「新規上場基本情報」より)。
- プライム市場:多くの機関投資家の投資対象になりうる規模の時価総額(流動性)を持ち、より高いガバナンス水準を備えた企業向け
- スタンダード市場:公開された市場における投資対象として一定の時価総額(流動性)を持ち、上場企業としての基本的なガバナンス水準を備えた企業向け
- グロース市場:高い成長可能性を実現するための事業計画とその進捗の適時・適切な開示が行われ、一定の市場評価が得られる一方、事業実績の観点から相対的にリスクが高い企業向け
- TOKYO PRO Market:2008年の金融商品取引法改正で導入された「プロ向け市場制度」に基づく市場。取引所から認定を受けたJ-Adviserが上場審査や上場後のサポートを行う
スタートアップの多くが最初の上場先として検討するのはグロース市場です。
グロース市場の主な形式要件
JPXが公開している「上場審査基準概要(グロース市場)」では、形式要件(2023年4月1日現在)として次の項目が示されています。主なものを抜き出します。
| 項目 | 基準 |
|---|---|
| 株主数(上場時見込み) | 150人以上 |
| 流通株式数(上場時見込み) | 1,000単位以上 |
| 流通株式時価総額(上場時見込み) | 5億円以上 |
| 流通株式比率(上場時見込み) | 25%以上 |
| 公募の実施 | 500単位以上の公募を行うこと(上場日の時価総額が250億円以上となる見込みの場合等を除く) |
| 事業継続年数 | 1か年以前から株式会社として継続的に事業活動をしていること |
| 監査 | 登録上場会社等監査人の監査等を受けていること |
| 単元株式数 | 100株となる見込みのあること |
このほか、監査意見、株式事務代行機関の設置、株式の譲渡制限がないことなどの要件があります。正確な内容は、JPXのページと「新規上場ガイドブック(グロース市場編)」で確認してください。
上場審査で見られること
形式要件を満たしたうえで、実質的な審査が行われます。グロース市場の上場審査の内容として、JPXは次の項目を挙げています。
- 企業内容、リスク情報等の開示の適切性
- 企業経営の健全性
- 企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性(企業の規模や成熟度等に応じて整備され、適切に機能していること)
- 事業計画の合理性(相応に合理的な事業計画を策定し、遂行に必要な事業基盤を整備していること又はその合理的な見込みがあること)
「事業計画の合理性」が審査項目に入っている点は、赤字でも成長を目指す企業が上場するグロース市場の特徴です。事業計画の数字が、実績や市場の根拠と結びついているかが問われます。
上場準備の期間と関係者
JPXの「上場スケジュール」では、上場申請までに申請直前2期間分の監査証明が必要になる点に留意するよう説明されています。つまり、上場を目指す年度から逆算して、少なくとも2期前には監査法人などによる監査を受けられる状態にしておく必要があります。また、グロース市場の審査期間は2か月とされています。
上場準備では、主に次の関係者と協力します(JPX「上場関係者と役割」より)。
- 監査法人・公認会計士:会計監査を行います。上場に際して、監査人は登録上場会社等監査人である必要があります。
- 主幹事証券会社:資本政策や社内体制整備の助言、上場手続の支援、公募・売出しの引受けのための審査(引受審査)などを行います。取引所に対して「上場適格性調査に関する報告書」を提出します。
- 株式事務代行機関:株主名簿の作成などの株式関係の事務を受託します。
監査法人や証券会社が決まらないと準備が進まないため、上場を目指すと決めたら、早い段階で相談を始めるのが一般的です。
最近のIPOの状況
JPXは東証のIPO件数を月ごとに公表しています。2026年9月1日更新のページでは、2026年1月から8月までの新規上場は、グロース市場が15社、スタンダード市場が7社、プライム市場が0社、TOKYO PRO Marketが33社となっています。最新の件数はJPXのページで確認してください。
上場後に求められること:上場維持基準
上場はゴールではなく、上場後も上場維持基準を満たし続ける必要があります。グロース市場の上場維持基準には、株主数(150人以上)、流通株式(流通株式数1,000単位以上、流通株式時価総額5億円以上、流通株式比率25%以上)、売買高、時価総額、純資産の額(正であること)の項目があります。
特に注意したいのが時価総額の基準の見直しです。JPXのページと東京証券取引所の規則改正の概要によると、時価総額の基準は現在「上場10年経過後から40億円以上」ですが、2030年3月1日以後は「上場5年経過後から100億円以上」に見直されます(改善期間1年。経過措置あり)。東京証券取引所は、見直しの趣旨を、グロース市場の上場会社に機関投資家の投資対象となり得る規模への早期の成長を促すとともに、企業間のM&Aや起業家の次なる創業などを促進する観点からと説明しています。
これから上場を目指す企業は、上場の時点だけでなく、上場から5年後に時価総額100億円以上を満たせる成長の道筋を描けるかを考えておく必要があります。
M&A(売却)の基本
M&Aの主な形
スタートアップのM&Aでは、主に次の形が使われます。
- 株式譲渡:創業者や投資家が保有する株式を買い手に売却します。会社はそのまま買い手の子会社になります。
- 事業譲渡:会社の事業の一部または全部を買い手に売却します。契約や従業員を個別に移す必要があります。
- 合併・株式交換など:買い手の株式を対価として受け取る方法もあります。
どの形を取るかで、税金、手続、従業員や取引先への影響が変わるため、専門家と相談して決めます。
M&Aの一般的な流れ
- 方針の整理:売却の目的、希望する条件(価格、従業員の処遇、経営陣の残留など)を決める
- 買い手候補の探索:事業会社、同業他社、投資ファンドなどに打診する。仲介会社やフィナンシャル・アドバイザー(FA)を使うことが多い
- 秘密保持契約と初期検討:秘密保持契約を結び、概要資料を開示する
- 基本合意:価格の目安や独占交渉期間などを取り決める
- デューデリジェンス:買い手が事業、財務、法務、技術などを詳しく調べる
- 最終契約:株式譲渡契約などを結ぶ。表明保証や補償の条項が交渉の焦点になる
- クロージングと統合:代金の支払と株式の移転を行い、買い手の組織への統合を進める
公的なガイドライン
中小企業庁は「中小M&Aガイドライン」を公表しており、2024年8月に第3版に改訂されています。中小企業の事業承継を主な対象としたものですが、M&Aの手続、仲介者とFAの役割の違い、手数料の考え方、トラブルへの対応などが整理されており、仲介会社やFAを選ぶときの参考になります。中小企業庁は、2021年8月にM&A支援機関登録制度も創設しており、登録された支援機関の情報を確認できます。
M&Aで確認しておくこと
- 投資契約の条項:VCなどから出資を受けている場合、投資契約や株主間契約に、売却時の分配の順番(優先分配)や、他の株主にも一緒に売却を求める条項(ドラッグ・アロング)などが定められていることがあります。売却の検討を始める前に、どのような条項があるかを確認します。
- ストックオプションの扱い:従業員に付与したストックオプションが売却時にどうなるかは、発行時の要項によって異なります。
- 経営陣の残留:買い手が経営陣に一定期間の残留を求めることがあります。条件を事前に考えておきます。
- 従業員への説明:売却は従業員の雇用や働き方に影響します。説明の時期と内容を慎重に決めます。
IPOとM&Aを比べるときの視点
| 視点 | IPO | M&A |
|---|---|---|
| 準備期間 | 監査証明が申請直前2期間分必要など、長い準備が必要 | 相手が見つかれば比較的短期間で進むこともある |
| 必要な体制 | 開示、内部管理、ガバナンスの体制を整え、上場後も維持する | 買い手のデューデリジェンスに耐えられる管理体制が必要 |
| 会社の独立性 | 独立を保てる | 買い手の傘下に入る |
| 上場後・売却後 | 上場維持基準を満たし続ける必要がある | 買い手との統合が課題になる |
実際には、IPOを目指しながら並行してM&Aの打診を受けることもあります。どちらを選ぶ場合も、管理体制を早めに整えておくことが、選択肢を広げることにつながります。
資金調達の段階から考えておくこと
イグジットの方向性は、資金調達の段階から次のような判断に影響します。
- 資本政策:誰にどれだけの株式を渡すかは、上場時の株主構成や売却時の分配に直結します。基本は資本政策の基本で扱っています。
- 投資家の選び方:投資家ごとにファンドの期限や期待するイグジットの形が異なります。調達の手段についてはシード期の資金調達手段の種類と違いも参照してください。
- 管理体制の整備:経理、契約管理、労務管理を早めに整えておくと、IPOの準備でも、M&Aのデューデリジェンスでも慌てずに済みます。
チェック項目
- 目指すイグジットの形(IPO・M&A・未定)と、その理由を投資家と共有しているか
- IPOを目指す場合、上場目標年度から逆算して監査を受ける時期を決めているか
- グロース市場の形式要件と上場審査の項目を確認したか
- 上場後の上場維持基準(2030年3月1日以後の時価総額基準の見直しを含む)を踏まえた成長の見通しがあるか
- 投資契約・株主間契約の売却に関する条項を把握しているか
- ストックオプションの売却時の扱いを確認したか
制度は改定されます。上場準備や株式の売却を進める前に、公式情報と証券会社・監査法人・弁護士・税理士などの専門家に確認してください。
参考資料
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