事業拡大期の組織づくり:役割分担・管理職・社内ルールの整え方
事業拡大期の組織づくりで最初にやるべきことは、「全員が何でもやる」立ち上げ期の体制から、役割・責任・判断の範囲をはっきり分けた体制へ切り替えることです。あわせて、人数が増えると法令上必要になる手続(就業規則、衛生管理者・産業医の選任など)があるため、採用計画と並べて前もって準備しておきます。
立ち上げ期のチームの作り方は新規事業の最初のチームの作り方で扱っています。この記事では、顧客が増え、人を採り始めた後の組織の整え方に絞って説明します。
組織を変える時期の見極め
組織の見直しは、人数が何人になったら行う、と機械的に決めるものではありません。次のような兆候が重なってきたら、体制を変える合図と考えます。
- 同じ質問や確認が何度も責任者に集まり、判断待ちで仕事が止まる
- 顧客対応、開発、営業の優先順位がぶつかり、誰が決めるのかが曖昧になる
- 新しく入った人が、何をすればよいかを先輩に聞かないと動けない
- 情報が一部の人にしか届かず、同じ失敗が繰り返される
- 立ち上げメンバーが本来の仕事ではなく、調整や事務に時間を取られている
これらは「人が足りない」のではなく「役割と決め方が決まっていない」ことから起きる場合が多くあります。人を増やす前に、まず役割と判断の範囲を整理すると、採用すべき人物像もはっきりします。
役割分担の基本:機能別に分ける
拡大期の組織は、まず機能別に分けるのが一般的です。代表的な機能は次のとおりです。
| 機能 | 主な役割 |
|---|---|
| 事業責任者 | 事業全体の目標、予算、優先順位を決める |
| プロダクト・開発 | 何を作るかを決め、作って運用する |
| 営業・マーケティング | 見込み顧客を集め、契約につなげる |
| カスタマーサクセス・サポート | 導入後の活用を支え、継続と拡大につなげる |
| 管理(経理・人事・法務など) | お金、人、契約の管理を担う |
それぞれの機能に「最終的に責任を持つ人」を1人決めます。兼務でも構いませんが、責任者が決まっていない機能は、誰も手を付けないまま問題が大きくなりがちです。
役割を書き出す
機能ごとに、次の3点を短い文章で書き出しておくと、新しく入った人が自分の役割を理解しやすくなります。
- この機能が達成すべきこと(成果の指標)
- この機能で決めてよいこと、上に相談すべきこと
- 他の機能との受け渡し(どの時点で、何を渡すか)
特に営業からカスタマーサクセスへ、営業から開発へといった「受け渡し」は抜け漏れが起きやすいところです。受け渡しの時点と、渡す情報を決めておきます。
管理職をどう置くか
管理職に必要な仕事を先に決める
拡大期には、立ち上げメンバーがそのまま管理職になることが多くあります。ただ、担当者として成果を出す力と、チームを通じて成果を出す力は別のものです。管理職に任せる仕事を先に言葉にしておきます。
- 目標を分解してメンバーに割り振る
- 定期的に1対1で話し、進み具合と困りごとを把握する
- 採用の面接と、入社後の立ち上がりの支援
- 評価と、そのフィードバック
- 自分のチームで決められないことを、上に上げる
社内から登用するか、外から採るか
社内から登用する場合は、事業と顧客をよく知っている一方、管理の経験がないことがあります。外から採る場合は、管理の経験がある一方、事業の文脈を理解するまで時間がかかります。どちらを選ぶ場合も、最初の数か月は事業責任者が伴走し、判断の基準をすり合わせる時間を取ると、立ち上がりが早くなります。
1人が見る人数に注意する
1人の管理職が直接見る人数が多すぎると、1対1の対話や育成の時間が取れなくなります。何人までが適切かは仕事の内容によって変わるため、管理職自身に「いまの人数で1人ひとりと十分に話せているか」を定期的に確認してもらい、限界が見えたらチームを分けるのが現実的です。
決め方のルールを整える
人数が増えると、「誰が何を決めてよいか」を明文化しないと、判断が遅くなるか、逆にばらばらになります。
権限の範囲を決める
- 金額:いくらまでの支出や契約を、誰の判断で決めてよいか
- 採用:誰が採用を決めるか、面接には誰が入るか
- 価格・値引き:見積もりの値引きを、どこまで現場で決めてよいか
- 顧客への約束:開発予定の機能や納期を、誰が顧客に約束してよいか
この表を作っておくと、管理職が自分で決められる範囲がはっきりし、事業責任者に判断が集中するのを防げます。
会議と情報共有の型を決める
- 全員が集まる場(週1回など)で、数字と重要な決定を共有する
- 機能ごとの定例で、具体的な進め方を決める
- 決まったことは、決まった場所に書き残す
「決まったことを書き残す場所」が決まっていないと、後から入った人は過去の経緯を知る手段がありません。社内の文書置き場を一本化しておくことは、人数が少ないうちに始めるほど楽です。
人数に応じて必要になる手続
組織が大きくなると、法令上の手続が必要になります。代表的なものを挙げます。人数の数え方や対象となる単位(会社全体か、事業場ごとか)は条文と所管官庁の解説で確認してください。
就業規則(常時10人以上)
労働基準法第89条により、常時10人以上の労働者を使用する使用者は、始業・終業の時刻、休日、賃金、退職に関する事項などについて就業規則を作成し、労働基準監督署に届け出なければなりません。変更した場合も届出が必要です。
人数が10人に近づいてから慌てて作ると、実態と合わない規則になりがちです。採用計画を立てる段階で、就業規則の準備時期も決めておきます。
時間外・休日労働の協定(36協定)
労働基準法第36条により、法定の労働時間を超えて働いてもらう、または法定の休日に働いてもらう場合は、労働者の過半数で組織する労働組合(ない場合は労働者の過半数を代表する者)と書面で協定を結び、労働基準監督署に届け出る必要があります。人数にかかわらず、残業が発生するなら必要になる手続です。
衛生管理者・産業医(常時50人以上の事業場)
労働安全衛生法施行令により、常時50人以上の労働者を使用する事業場では、衛生管理者と産業医を選任する必要があります(同施行令第4条・第5条)。人数は事業場ごとに数える点に注意します。
採用と受け入れの仕組み
拡大期は採用人数が増えるため、採用と受け入れを「仕組み」にしておく必要があります。
- 求める人物像を文章にする:役割の書き出しをもとに、求人票を作ります。書き方は新規事業人材の求人票の書き方で扱っています。
- 面接の評価項目をそろえる:面接官ごとに見る点が違うと、採用の質がぶれます。評価項目と、各項目の判断の目安を共有します。
- 入社後の最初の数週間を設計する:誰が何を教えるか、最初に任せる仕事は何かを決めておきます。
- 採用の失敗に早く気づく:試用期間中の面談の時期を決め、期待と実際のずれを早めに話し合います。
文化や価値観を言葉にする
立ち上げ期は、少人数で毎日話しているため、仕事の進め方や大切にしていることが自然に共有されています。人数が増えると、それが伝わらなくなります。
- 判断に迷ったときに優先すること(顧客、スピード、品質など)
- してはいけないこと
- 評価で重視すること
これらを数行で言葉にし、採用、評価、日々の判断で繰り返し使うことで、初めて意味を持ちます。壁に貼るだけの標語にしないことが大切です。
大企業の新規事業の場合
大企業の新規事業では、組織の拡大が「本体の制度の中で、どこまで独自のやり方を認めてもらうか」という問題になります。
- 組織上の位置づけ:プロジェクトのままか、部署にするか、子会社にするか。部署にすると本体の予算・人事制度に乗りやすい一方、意思決定の速さや報酬の柔軟性には制約が残ります。独立させる選択肢はカーブアウト・スピンオフで新規事業を独立させるで扱っています。
- 人の集め方:社内異動、出向、中途採用、副業人材などを組み合わせます。出向を使う場合の基本は新規事業で在籍型出向を使うときの基本を参照してください。
- 権限の移譲:金額や採用の決裁を、本体の通常の決裁ルートではなく事業責任者に委ねられるかを、拡大の前に経営陣と合意しておきます。
- 既存部門との分担:営業、法務、経理などを本体の部門に頼るのか、事業内に持つのかを決めます。本体の部門に頼る場合は、優先順位で後回しにされないよう、窓口と対応期限を取り決めておきます。
起業家・スタートアップの場合
スタートアップでは、組織づくりが経営者自身の役割の変化と重なります。
- 経営者の仕事を手放す:営業や開発を自分でやり続けると、採用や資金調達に時間を使えなくなります。どの仕事を誰に渡すかを計画的に決めます。
- 管理部門を早めに整える:経理や労務の処理が後回しになると、資金調達や監査の場面で問題になります。外部の専門家を活用しながら、最低限の体制を作っておきます。
- 報酬と株式の設計:拡大期に入社する人への報酬の考え方を整理しておきます。ストックオプションの基本は初期メンバーの報酬とストックオプションの基本で扱っています。
- 立ち上げメンバーとの対話:組織が変わると、立ち上げメンバーの役割も変わります。管理職になるのか、専門家として続けるのかを本人と話し合い、期待をすり合わせておきます。
チェック項目
- 組織を変える兆候(判断待ち、優先順位の衝突、情報の偏り)が出ていないか
- 機能ごとに責任者が1人決まっているか
- 機能ごとの役割、決めてよいこと、受け渡しを書き出したか
- 管理職に任せる仕事を言葉にしたか
- 金額・採用・値引き・顧客への約束について、権限の範囲を決めたか
- 決まったことを書き残す場所が一本化されているか
- 就業規則、36協定、衛生管理者・産業医など、人数に応じた手続の時期を採用計画と並べて確認したか
- 面接の評価項目と、入社後の受け入れの流れが決まっているか
制度は改定されます。就業規則や労務の手続を進める前に、公式情報と社会保険労務士などの専門家に確認してください。
参考資料
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