新規事業の撤退の進め方:顧客・契約・人・資産の後始末
新規事業の撤退は、「やめる」と決めた後の進め方で、会社の信用と、社内で次の新規事業に挑戦しやすいかどうかが決まります。顧客・取引先・社員・資産のそれぞれについて後始末の担当と期限を決め、撤退で得た学びを記録して残すところまでを1つのプロジェクトとして進めます。
撤退基準をどう決めるか、撤退・ピボット・継続をどう判断するかは新規事業のKPIの置き方と撤退基準で扱っています。この記事は、撤退を決めた後の実務に絞って説明します。
撤退の形を決める
「撤退」にもいくつかの形があります。最初にどの形を取るかを決めると、その後の作業の範囲が決まります。
| 撤退の形 | 内容 |
|---|---|
| 事業の終了 | サービスを終了し、顧客との契約も終える |
| 他社への譲渡・売却 | 事業や技術を他社に引き継いでもらう |
| 既存事業への統合 | 一部の機能や顧客を既存事業に移し、単独の事業としてはやめる |
| 休止 | 新規の営業を止め、既存の顧客への提供のみを一定期間続ける |
顧客がすでにいて、その顧客にとってサービスが重要な場合は、単純な終了よりも、譲渡や統合で顧客への影響を小さくできないかを先に検討します。事業を切り出して引き継ぐ方法はカーブアウト・スピンオフで新規事業を独立させるも参考になります。
撤退プロジェクトの体制
撤退の作業は、事業の立ち上げと同じくらい多くの部署にまたがります。
- 撤退の責任者:全体の計画と進み具合を管理します。事業の責任者が務めることが多いですが、本人が異動の対象になる場合は、完了まで責任を持てる人を別に置きます。
- 関係部署:法務(契約の終了)、経理(資産や費用の処理)、人事(メンバーの異動)、情報システム・セキュリティ(データの消去、システムの停止)、広報(社外への発表)などが関わります。
最初に、次の項目を一覧にした「撤退計画」を作ります。
- 撤退の形と、完了の目標時期
- 顧客、取引先、社員、資産ごとの作業と担当者
- 社外への発表の有無と時期
- 撤退にかかる費用の見込み(違約金、返金、システムの停止費用など)
顧客への対応
契約と利用規約を確認する
まず、顧客との契約や利用規約に、サービスの終了や解約についてどう定めているかを確認します。事前の通知期間、返金の扱い、データの返却についての定めがあれば、それに従います。
不特定多数の顧客に同じ利用規約でサービスを提供している場合、その利用規約は民法上の「定型約款」に当たることがあります。民法第548条の4では、定型約款の変更が相手方の一般の利益に適合するとき、または契約の目的に反せず、変更の必要性や内容の相当性などに照らして合理的なときに、個別の合意なく変更できるとしています。その場合、効力発生時期を定め、変更する旨と変更後の内容、効力発生時期をインターネットなどの適切な方法で周知する必要があります。終了にあたって規約を変更する必要があるかどうかは、法務部門や弁護士と確認します。
案内の内容と時期
顧客への案内では、次の点を明確に伝えます。
- サービスを終了する日(新規申込みの停止日と、利用できる最終日)
- 料金の扱い(前払い分の返金など)
- データの取り出し方と、取り出せる期限
- 代わりに使える手段(他社のサービス、自社の別のサービスなど)
- 問い合わせ先
業務で使っている顧客にとって、サービスの終了は業務の見直しを伴います。契約上の通知期間を満たすだけでなく、顧客が移行できるだけの時間を取れるよう、早めに案内するのが望ましいです。重要な顧客には、書面の案内に加えて、個別に説明する機会を設けます。
PoCや試験導入の協力先
PoCや試験導入に協力してくれた企業には、検証への協力への感謝とともに、撤退の理由を可能な範囲で説明します。協力先との関係は、会社としての今後の取引や、次の新規事業にも影響します。
取引先との契約の終了
事業のために結んだ契約を洗い出し、終了の手続を進めます。
- 開発会社との開発・保守の契約
- クラウドサービス、ソフトウェアのライセンス、外部のデータ提供などの利用契約
- 業務委託契約(副業人材、フリーランスなどを含む)
- 販売代理店や提携先との契約
- オフィスや設備の賃貸借契約
契約ごとに、解約の通知期限、中途解約の違約金、成果物やデータの引渡し、秘密保持義務の存続期間を確認します。通知期限を過ぎると、使わないサービスの費用が1期分余計にかかることもあるため、撤退が決まったらすぐに一覧を作ります。
外部の人材との契約を終える場合の基本は、副業人材を新規事業に迎えるときの契約・情報管理・評価も参考にしてください。
個人情報とデータの扱い
顧客や利用者の個人情報を扱っていた場合は、撤退後の扱いを決めます。
個人情報保護法第22条は、個人情報取扱事業者に対して、利用する必要がなくなった個人データを遅滞なく消去するよう努めることを求めています。事業を終える場合は、法令や契約で保存が必要なものを除き、消去の方針と時期を決めて実行します。外部のクラウドサービスや委託先にデータがある場合は、そちらでの消去も確認します。
事業を他社に譲渡する場合に、顧客の個人データを引き継げるかどうかは、個人情報保護法上の扱いを確認する必要があります。法務部門や専門家と相談して進めます。
資産の扱い
設備・ソフトウェア・知的財産
事業のために取得した設備やソフトウェア、登録した特許や商標などを洗い出し、次のいずれかに振り分けます。
- 社内の他の事業で使う
- 他社に譲渡・売却する
- 廃棄・除却する
- 権利を維持しない(特許料や商標の更新料を払わない)
特許や商標は、維持すれば費用がかかる一方、将来の事業や他社へのライセンスに使える可能性もあります。放棄する前に、知的財産部門と価値を確認します。会計上の処理(除却や減損など)は経理部門と相談します。
補助金で取得した財産
事業に国の補助金を使っていた場合は、特に注意が必要です。補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律第22条は、補助事業で取得した一定の財産について、各省各庁の長の承認を受けずに、補助金の交付の目的に反して使用、譲渡、交換、貸付け、担保提供をしてはならないと定めています。撤退によって設備を処分・転用する場合は、補助金の交付要綱や事務局の案内を確認し、必要な手続を取ります。補助金を返還しなければならない場合もあるため、撤退の費用見込みに含めておきます。
メンバーの処遇
異動先の調整
撤退で最も丁寧に扱うべきなのが、事業に関わった社員です。撤退が決まったら、できるだけ早く一人ひとりと面談し、希望を聞いたうえで異動先を調整します。
- 撤退の作業に最後まで残ってもらう人と、先に異動する人を分ける
- 新規事業で身に付けたスキルを生かせる部署を探す
- 出向者がいる場合は、出向元への復帰の時期と手続を確認する(基本は新規事業で在籍型出向を使うときの基本を参照)
評価への配慮
撤退した事業の担当者が、人事評価や昇進で不利に扱われると、社内で新規事業に手を挙げる人がいなくなります。撤退の判断が適切な時期に、事実にもとづいて行われたこと自体を評価し、検証の過程で得た成果を評価に反映させる仕組みが必要です。
子会社で事業をしていた場合
新規事業を子会社で行っていた場合は、子会社をどうするかも決めます。他社への株式の売却、親会社や他の子会社との合併、解散などの選択肢があります。
会社法第471条は、株式会社の解散の事由として、株主総会の決議などを定めており、解散した会社は同法第475条により清算の手続に入ります。清算では、債権者への対応や残った財産の処理が必要になるため、手続と期間は弁護士や司法書士、税理士と相談して進めます。
社内外への発表
- 社内:撤退の理由と、得られた学びを社内に共有します。理由をあいまいにすると、憶測が広がり、次に挑戦する人が萎縮します。
- 社外:プレスリリースなどで事業の開始を発表していた場合は、終了についても顧客への案内が済んだ後に発表するのが一般的です。顧客が報道で終了を知ることがないよう、順番に注意します。
学びの記録
撤退で得た学びは、会社の財産です。次の項目を記録して残します。
- 検証した仮説と、その結果
- 撤退を判断した理由と、判断に使った数字
- うまくいったこと(顧客の反応、作った技術、築いた関係)
- 振り返ってみて、もっと早く確かめるべきだったこと
- 社内の制度や手続で、進めにくかった点
記録は、担当者を責めるためではなく、次の新規事業が同じ遠回りをしないためのものです。社内の新規事業制度の見直しにも役立てます。
チェック項目
- 撤退の形(終了・譲渡・統合・休止)を決めたか
- 撤退の責任者と、関係部署の担当者を決めたか
- 顧客との契約・利用規約の終了に関する定めを確認したか
- 顧客への案内の内容(終了日、返金、データの取り出し、代わりの手段)と時期を決めたか
- 取引先との契約を一覧にし、解約の通知期限と違約金を確認したか
- 個人データの消去の方針と時期を決めたか
- 補助金で取得した財産がないか確認したか
- メンバー一人ひとりと面談し、異動先を調整したか
- 学びの記録を残したか
制度は改定されます。契約の終了、個人情報の扱い、補助金の手続、会社の解散などを進める前に、公式情報と弁護士・司法書士・税理士・社会保険労務士など該当する専門家に確認してください。
参考資料
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