新規事業の価格の決め方:原価・競合・顧客価値の3つの視点
新規事業の価格は、原価から「これより下げると続けられない」下限を出し、顧客が得る価値から「これ以上は払われない」上限を見積もり、その間で競合や代替手段と比べながら決めます。最初から正解を当てる必要はなく、実際の顧客に提示して反応を確かめ、修正していく前提で設計することが大切です。
価格を決める3つの視点
原価から見る(下限)
まず、1件の販売や1社の顧客にかかる費用を洗い出します。製品なら材料費や製造費、SaaSならサーバー費用や外部サービスの利用料、導入支援やサポートにかかる人件費などです。これに販売手数料や決済手数料を加えたものが、売るたびに必ず出ていく費用です。
価格がこれを下回ると、売れるほど赤字が増えます。新規事業では「最初は赤字でもよい」と考えがちですが、少なくとも「顧客数が増えればどこかで黒字になる」構造かどうかは確認しておきます。開発費や固定費の回収まで含めた採算は、新規事業の事業計画書に書くことで説明しています。
顧客が得る価値から見る(上限)
顧客がその商品を使うことで得る効果を、できるだけ具体的に見積もります。BtoBであれば、削減できる作業時間、減らせる外注費、増える売上、避けられる損失などです。BtoCであれば、節約できる時間や手間、代わりに払っていたお金などです。
顧客は、得られる効果の全額を払うことはありません。導入の手間や失敗のリスクも考えるため、効果の一部しか価格として受け入れません。それでも、価値の見積もりがあると「この価格なら顧客にとって十分に得だ」と説明でき、営業でも社内でも根拠を示せます。
競合・代替手段から見る(相場)
顧客は必ず何かと比べて価格を判断します。比較対象は同じ種類の競合製品だけではありません。表計算ソフトでの手作業、外注、社内の担当者の人件費、何もしないこと、なども代替手段です。
新しい分野では直接の競合がいないことも多いため、顧客が今その課題にいくら払っているか(時間やお金)を顧客ヒアリングの質問項目と聞き方の要領で聞いておくと、相場の手がかりになります。
価格体系の選び方
同じ金額でも、どう払ってもらうかで顧客の受け止め方と事業の安定性が変わります。
- 買い切り:一度の支払いで所有する。顧客にはわかりやすいが、売上が単発になる
- 月額・年額の定額:継続的な売上になる。顧客には「使わなくても払う」抵抗がある
- 従量課金:使った分だけ払う。導入の抵抗が小さいが、売上の予測が立てにくい
- 席数・拠点数などの単位課金:利用規模に応じて価格が上がる。BtoBで多い
- 初期費用+月額:導入支援や設定に手間がかかる場合に、その費用を初期費用で回収する
選ぶ際は「顧客が価値を感じる単位」と価格の単位をそろえることを意識します。例えば、処理件数に比例して効果が出るサービスなら件数単位、利用者が増えるほど効果が出るなら人数単位が自然です。
プランを複数用意する場合
機能や利用量に応じて複数のプランを用意すると、顧客が自分に合ったものを選べます。ただし、初期はプランを増やしすぎないほうが、どのプランが選ばれたかという情報から学びやすくなります。まずは1〜3程度に絞り、顧客の反応を見て分けていくほうが扱いやすいでしょう。
価格の検証の仕方
価格は、顧客に実際に提示して反応を見なければわかりません。次のような方法があります。
- ヒアリングで価格帯を提示し、高すぎる・安すぎる・妥当の反応を聞く
- 見積もりや提案書に価格を載せ、商談の進み方(成約、保留、失注の理由)を記録する
- 事前予約や先行申込みを受け付け、実際に申し込むかどうかを見る
- 顧客層やタイミングを分けて異なる価格を提示し、成約率を比べる
「いくらなら買いますか」と直接聞くだけでは、実際の購買行動とずれることがあります。可能な限り、見積もりの提示や申込みなど、顧客が実際に判断する場面で確かめます。
失注の理由が価格なのか、それ以外(機能、導入の手間、社内の承認)なのかも区別して記録しておくと、値下げすべきでない場面で値下げしてしまう失敗を防げます。
無償提供と値引きの扱い
新規事業では、実績づくりのために無償や大幅値引きで提供することがあります。有効な場面もありますが、次の点に注意します。
- 無償の期間と条件(いつから有償になるか、有償時の価格)を最初に書面で合意する
- 無償で得たい成果(利用データ、事例としての公開、改善要望)を明確にする
- 値引きをする場合は、定価を示したうえで値引き額を明示し、定価の認識を残す
最初に無償や極端に低い価格で始めると、その価格が顧客の基準になり、後から上げるのが難しくなります。PoCを無償で求められる場面については、スタートアップとの協業・事業提携の進め方でも触れています。
取引と表示に関する法令上の注意
価格にかかわる法令のうち、新規事業で押さえておきたいものを挙げます。適用されるかどうかは取引の内容や当事者の規模によって異なるため、個別に確認してください。
- 消費者向けの価格表示:消費者に対してあらかじめ価格を表示する場合は、消費税額を含めた総額表示が義務づけられています(国税庁の案内による)。
- 委託取引の代金:2026年1月1日から、下請法は「中小受託取引適正化法(取適法)」に変わりました。公正取引委員会のリーフレットでは、中小受託事業者からの価格協議の求めに応じずに一方的に代金を決めることや、手形による代金の支払い、振込手数料を受託側に負担させて代金から差し引くことが違反になると説明されています。大企業が新規事業の開発や製造を外部に委託する場合、あるいはスタートアップが大企業から委託を受ける場合には、自社の取引が対象になるかを確認しておきます。
大企業の新規事業での注意点
- 既存事業の価格体系や値引き慣行に引きずられないようにする。新規事業の顧客や価値は既存事業と異なることが多い
- 既存顧客に販売する場合、既存取引とのセット値引きで価格の実態が見えにくくなる。新規事業単体の価格と成約の関係を分けて記録する
- 価格の決裁ルートを事前に決めておく。価格を変えるたびに稟議が必要だと検証の速度が落ちる。検証期間中の価格変更の権限を担当部署に持たせる方法もある
起業家・スタートアップでの注意点
- 大企業との取引では、先方の予算の区分(研究開発費、実証費、事業費など)によって出せる金額や支払い時期が変わる。価格を提示する前に、どの予算から払われるかを聞いておく
- 資金繰りに余裕がない時期は、支払い条件(前払い、分割、支払いサイト)も価格と同じくらい重要。金額だけでなく条件も交渉の対象にする
- 値上げは既存顧客への説明が必要になる。当初から「検証期間の価格」「正式提供時の価格」を分けて示しておくと、後の改定がしやすい
価格を決めるときのチェック項目
- 1件(1社)あたりの原価と、売るたびにかかる費用を把握しているか
- 顧客が得る効果を具体的な金額や時間で説明できるか
- 競合だけでなく、顧客の現在の代替手段と比べているか
- 価格の単位が、顧客が価値を感じる単位とそろっているか
- 実際の商談や申込みで価格を検証し、失注理由を記録しているか
- 無償・値引きの条件と終了時期を書面で合意しているか
- 総額表示や取適法など、取引に関係する法令を確認したか
制度は改定されます。契約や価格表示の前に公式情報と専門家(弁護士・税理士など)に確認してください。
参考資料
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